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まがいもの軍師の国取物語  作者: 田辺千丸
王都の攻防
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第41話 西の都にて

※※※※※※※※※※


 人目を気にしながら、王女の宮殿の脇道で何かを待つ兵士が一人。隊章を外し、素性を隠した彼は明らかに不審者だった。


「まだか……」


 周囲にいる人はまばらであったが、時折通りかかる人影一つ一つに神経をスリ減らされる。息の詰まるような緊張感で、彼の額には大粒の汗があふれていた。


 今にも目眩を起こしそうな状況に加えて、彼の頼みの綱は、お世辞にも信用出来るとは言い難い代物。不安の種はいくつでもあった。


 そんな男の足元が、ガサガサと音を起て始める。


「来た!?」


 茂みから飛び出して来たのは、黒い狼の子供だ。その狼の背中には、書簡が丸められて括りつけられていた。


「よし! 良い子だ! 賢いな、お前は!」


 もっと褒めろ! と、言わんばかりに尻尾を振っって、こちらにじゃれつく狼から書簡を回収して、中身をあらためる。


「間違いない。エマ様とデルトリクス様、連名の指令書……」


 ある青年から預かった書簡と、この黒い狼の子供は、確実に仕事を果たしたようだ。


「……急いで、北方ノルへ届けなければ」


 歩兵隊長の任を拝命した彼だが、彼の部下達は皆、別の任務に向かっている。それに、一見、雑用にしか見えない仕事だが、事の重大さを考えれば、他の者に任せることなど出来なかった。


 王女様を直接助ける事は出来なかったが、せめて、与えられた役目を全うして見せると、隊長は心に誓う。


―― この行動が、後の彼女を助けると信じて


 足元でこちらを見つめていた狼を抱きかかえ、兵士は北に戻る準備へと向かうのだった。


※※※※※※※※※※


 西の都市、オエス。


 国境まで一日の距離にあるこの街は、ゴンドとの交易の拠点であり、エルド西側の要衝ようしょう


 ゴンドまでの距離は近いものの、街は未だ平和の内にあり、至るところで商売が行われ活気に満ちていた。

 そんな街の状況に、ヒルは違和感を感じていた。


「……なぁ、おかしかないか?」

「ええ。落ち着きすぎてます……」


 情報では、隣国ゴンドの敗戦は事実。


 であれば、戦火を逃れた難民がこの街に押し寄せて来ていてもおかしくはない。


「国境で、何かあるのかも知れません……」 

「まぁ、行ってみりゃ分かるだろが。それより、大丈夫なんだろうな?」

「……ええ。多分」


 何が? とは聞かずとも分かっていた。自分達の先を進んでいるアリサの背を見ながら、曖昧な返事をする自分に、ヒルは渋い顔を向けて来る。


「チッ。頼りねぇなぁ。お膳立てはしてやったんだ。しっかりしろ!」


 まるで、告白でもうながしているような感じだが、確かにヒルのおかげで、きっかけは出来た。あとは腹をくくって、彼女と話してみるしかない。


 そうこうしている間に、一行はオエスの宿場へ到着したのだった。


※※※※※※※※※※


「今日はこの街に滞在して、明日、国境に向かう。各自、しっかり準備しておけ!」


 リーダー格の兵士が告げると、憲兵や兵士たちは我先にと街の方へと散って行く。


「おい、田舎者!馬の世話をしておけ!」


 憲兵の一人がそんな事を叫んでいたが、こっちとしてはその方が都合が良い。馬車から馬を外し、宿場の裏手にある小屋へと向かった。


※※※※※※※※※※


 人気の無くなった馬小屋で、馬たちの世話をしていると、人の近づいて来る気配がした。


「……あなた、一人なの?」

「ああ。ヒルさんは、情報収集に行ってる」

「そう……」


 素っ気なく答えたアリサは、それ以上話すことは無いと言った雰囲気で、目線をそらしていた。


「……」

「……」


 お互いに気まずい沈黙が続く。


 北方でもあった流れだが、あの時はアリサの方が折れてくれた。今回は、自分の番だと覚悟を決めて大きく息を吐く。


「……今度は、何を企んでいるの?」


 切りだそうとした矢先、アリサに先を越されて息を詰まらせる。


「……あなた、知っているんでしょ?」

「まぁ、大凡おおよその事は……」

「だったら……」


 静かに目を閉じて、顔を伏せるアリサ。しかし、彼女の握った手に力が入り、肩が小刻みに震えているのを見逃すはずがない。


 来る! と、思った瞬間、


「どうして着いてくるのよ!!」


 彼女の大声に、馬が驚き興奮するのをなだめ、落ち着けたところで、再び彼女の方へと体を向ける。


「敵が攻めて来るのよ!? 分かってるでしょ?」

「ああ。だから、君を助けたいんだ」

「助ける? 私を? どうやって? あなた一人で、何が出来るの? 自惚うぬぼれないで!!」


 キッと、こちらを睨みつけるアリサ。

 だが、一歩も引き下がるつもりなど無い。


「俺にどの程度のことが出来るかなんて、分からない……」


―― 所詮、自分は《《まがいもの》》だ……


「でも、君を助けたい気持ちに嘘は無い」


 ハッキリと言い切ると、再び彼女は顔を伏せた。


「……どうして、……なんで、分かってくれないの?」


 そう言いながら、アリサはポロポロと泣き出してしまった。


「私と一緒にいたら……、死んじゃうかも知れないのよ……。私は、……嫌なの、みんなが、……あなたが、死んでしまうのが……」


 手で顔を覆い、泣き続ける彼女の姿は、あの夢の少女にそっくりだった。


 それを見て、自分は彼女の方に向けて一歩を踏み出す。夢の中では、徐々に崩壊が始まっていった世界も、今はしっかりと存在している。


 一歩一歩近づいて行き、泣いているアリサのかたわらまで行くと、そっと彼女を抱きしめる。


「死にはしない。君も、俺も……」


 そう声を掛けると、強張っていた彼女の身体から徐々に力が抜けて行く。


 いつもここで途切れていた世界も、消えずに続いている。


 そうだ。自分は、


「その為に、俺は、異世界ここに来た」


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