第36話 簒奪者
アリサの軟禁を聞いて、後発部隊は王都の手前で立ち往生する羽目になっていた。
「何を迷っているんだ!?早く、アリサ王女をお救いしなくては!」
歩兵隊の隊長が大声で主張するが、事はそんなに単純な話ではなくなっていた。ヒルも負けずの大声で隊長に向かって反論する。
「王都の城壁にぶら下がってるもんが、見えなかったのか?」
王都の城壁には、いくつもの遺体がぶら下げられていた。
あの王子様に、人心を掴むほどの魅力があるとは、お世辞にも思えない。
彼は、混乱を収束させ、自分の地位を確立するために、最も効果的で愚かな方法を用いたようだった。
「あのバカ王子が、何しでかすか分からんだろ?先発隊の連中が無事だったとしたら、それは王女様と一緒だったからだ。俺たちみたいなのは、変な言いがかり付けられて、城壁に仲良く並んじまうのが落ちだ!」
「構わん!アリサ王女のためならば、この命など惜しくもない!」
ヒルが隊長に諭すように伝えるが、隊長も中々折れる気配がない。お互いに正しいと思っていることだけに、引っ込みがつかないのだ。
「あなたが良くても、アリサがそれを望みません。あなたも、よくご存知のはずです」
「……」
彼女の名前を出すのは卑怯だとも思ったが、使えるものは何でも使う。それが、事を丸く収める為に必要ならなおさらだ。
隊長はムスッとしていたが、少しすると黙って引き下がってくれた。
「でも、本気でどうするよ?」
「取りあえずは、様子を見るしかないです。出来ることをしましょう」
王都の宮殿と言う二重の牢に阻まれて、アリサとの距離は遠いままだった。
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「……甘かった。兄がここまでの事をするなんて…」
宮殿に集まった側近たちの前で、自分の認識の甘さを口にする。
王の不在と隣国の敗戦を理由に、一気に事を起こしたノルド兄様は、王の代行という立場を名乗りこの国の実権を握ろうとしていた。
そんな中で、ライバルの王位継承者が戻ってくれば、取りうる方法など数えるほどしか無い。
「取りあえずは全員無事に宮殿に留め置かれましたけど、後発のヒサヤ達までは難しいでしょうね…」
「大丈夫だろ。なんだかんだで勘の良い奴だ。迂闊に王都に近づいたりしねぇよ」
デルトが言うことに、エマも頷いていた。彼への評価がまんざらでもないことが、何故か自分の事のように嬉しく感じる。
「…にしても、あれが貴族の私兵ですか」
エマの目線の先には、宮殿の出入り口や宮殿内に配置された兵士たちの姿があった。
私たちが王都に到着した時、憲兵とどこかの騎士たちに取り囲まれてしまった。
憲兵たちは早々に我々を殺してしまうように言われていたようだが、一緒にいた騎士たちによって、私たちは自分達の宮殿に幽閉されることになったのだ。
「ノルド兄様は、どこまで本気なのかな?」
「城壁に吊るされた奴らが見えただろ?ありゃ、政敵の貴族や議員の奴らだろ。行くとこまで行く気だぜ、あの馬鹿は」
おっと、いけねぇ。と口を塞ぐデルトを脇に、エマが疑問を口にする。
「それにしても、政局が混乱しているとは言え、もし、王やテミッド王子が帰還されれば、ただでは済みません。それだけの自信がどこから…」
そんな時、一人の憲兵が会話を遮るように扉を強引に開けて入ってきた。
「おい!王子がお呼びだ。王女だけついて来い!」
「あぁ!?お嬢だけって、どうゆうことだよ!」
「やめて!……分かりました」
憲兵に掴み掛かる勢いのデルトを制し、憲兵に従って部屋を出ようとした時に、トントンと肩にククリが駆け上がって来た。
それを見るや、憲兵は狼狽したように裏返った声で、こちらを制止させた。
「き、貴様!?何の真似だ!」
「…なにがですか?」
「せ、聖霊を連れて良いとは、言っていないぞ!」
「私の意思ではありません。この子の意思です。聖霊が一緒では、不都合なことがお有りですか?」
「だ、黙れ!今すぐにそいつを退けろ!さ、さもないと!」
憲兵が剣を引き抜こうとした時、ククリがクルンとそちらへと顔を向けた。すると、憲兵は大量の汗を吹き出して、呼吸が荒く乱れはじめる。まるで首を締められているように、顔を真っ赤にしながら憲兵が剣を落として、気を失いかけた時、
「やめて!!」
ククリの顔を手で覆い隠すと、憲兵は必死に呼吸を再開させていた。
騒ぎを聞きつけて、兵士たちが集まってくる。
「一体、何の騒ぎだ!?」
「……何でもない!!おい!行くぞ」
憲兵の男は、手を貸そうとする兵士たちの手を払いのけて立ち上がると、こちらに乱暴な口調で告げて、さっさと歩き始めた。
その後ろに続き、王宮へと向かって行く。
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王宮に着くと、謁見の間に通された。
王のみに許された玉座に、ふてぶてしく座る兄の姿が、痛々しく醜く見える。
「お兄様!何をお考えなのですか!?」
「礼儀も知らぬ、恥知らずが!貴様は今、王の前にいるのだぞ!」
「王?本気で仰っているのですか!?」
こちらの言葉の一つ一つが気に食わないのか、苛立ったような態度を取る兄は、まるで我侭な子供のようだった。
「貴様!生かされている分際で調子に乗るなよ!」
「…生かされている?」
「利用価値が無ければ、とっくに始末している!」
「……聖霊ですか?」
「そんなものは、どうでも良い!」
聖霊が目的では無く、私自身に利用価値を見出していることに驚く。
ノルドは気持ちの悪いニヤついた表情をしながら、もったいぶるように告げてきた。
「バラクだ。あそこの王子が、お前を欲しがっていてな。お前と引き換えに、同盟の復活と全面的な支援を申し込んできた」
「こ、こんな時に、何を…」
「こんな時だからだろが!あそこの王子は、女癖が悪いので有名だがな。その身が、国のために役立てることを喜べ」
目の前の男は、私のことを道具としか見ていない。こちらの言葉など、一切届いていないことに気付かされる。
この簒奪者をこのままにしては、この国は遠からず滅びてしまう。
失望で何の反応も返せなくなっていた時だった。謁見の間に兵士が飛び込んで来た。
「も、申し上げます!」
「なんだ。騒々しい」
「ゴンドへ侵攻した帝国は、今だ進軍を続け、我が国境に迫っております!」
「な、なに!?」
この知らせには、さすがの兄も取乱さずにはいられなかったようだった。




