第35話 再びの王都へ
軍議の翌日、ノルの街では葬儀が行われた。
小鬼たちとの戦闘において、無傷と言う訳にも行かず、十数人の兵士が命を落としていた。
軍旗に覆われた遺体を前に、敬意を払ってアリサは兵士達の前に立つ。
「あなた方の高潔かつ忠実な奉仕に、感謝いたします…」
彼女の言葉と同時に、整列した兵が一斉に抜剣し、鋒を地面に突き刺して鎮魂の祈りを捧げる。
役目を終えたアリサが戻って来た時、彼女は涙を浮かべているのを必死に隠そうとしていた。
「……慣れないね。こういう事は」
無理に作った微笑みが痛々しく、かえって彼女の悲しみを伝えてきた。
軍の上に立つ者として、一兵卒の死をいちいち気に掛けていては、対局を見誤ると非難されかねない。
――ただ、彼女はこれで良いのだと思う。
彼女の周りに集った者達は、彼女の優しさを弱さだと思ったりはしないだろうから。
彼女が光を歩くなら、影を受け持つ者がいる。
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葬儀の後、王都へ向けての帰還部隊が編成され、十数の騎兵がアリサの周りに集っている。
「先に行ってるから、王都で合流しましょう」
「ああ。気を付けてくれ。すぐに行く」
馬の扱いに未だに慣れない自分や、歩兵の部隊と一緒では移動速度が落ちてしまう。
騎乗に優れた者達で、先に王都へ向かうことになったのだ。騎兵の中には、デルトにエマ、シャルの姿もあった。
「ヒサヤのこと、お願いしますね」
「お任せください、王女様」
自分の隣で大袈裟に挨拶するヒルに微笑んで、アリサ達は王都に向けて出発して行く。その背中を見送っていると、少し胸が締め付けられる気がした。
「……若いなぁ」
ニヤつきながら、こちらの様子を見ていたヒルを無視して踵を返すと、こちらも出発の準備に入る。
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数十人の歩兵に加えて、自分やヒル達のような定数外戦力を含めた混成部隊は、アリサ達に半日ほど遅れてノルの街を出発しようとしていた。
準備の最中、シンとコルトが見送りに来た。
「じゃぁ、兄貴。俺たちは留守番だから」
「ああ。しっかりな、シン」
「なんかあったら、すぐ呼んでくれよ!」
「分かった。シンを頼む」
「…仕方ない。コイツ一人じゃ、頼りないしな」
彼らは、今回の人選に含まれていない。
王都がどのような状況にあるのか分からない以上、状況の安定している北方で駐留部隊と一緒に居た方が安全だと判断されたからだ。
それよりも、彼らと挨拶をしている最中も、ずっと気になっていることがあった。シンやコルトも気まずそうにしながら、挨拶もそこそこにこの場を去っていった。
「……で、なんでお前は付いてくるんだ?」
「エマ様からの命令です。あなたに付いているようにと」
自分の後ろには、先ほどからセナがピッタリと付いてきていた。まるで背後霊のように静かに、だが、その存在感は尋常ではない。
「お前の怪我、動いて良い状態じゃないだろ?」
「体は動きます。問題ありません」
「あるわ!まったく…」
「お言葉ですが、あなたの方も、そう変わらないはずですが」
セナはそう言うと、こちらの背中へそっと手を伸ばした。
まるで狙ったかのように、森の中で木に激突したところを触れられ、思わず走った激痛に悶絶して崩れ落ちる。
「…何、遊んでんだ?お前、そんなに仲良くしてると王女様に怒られちまうぞ?」
「……そう、……見えますか?」
大声で笑うヒルに起こされて、ようやく立ち上がり、セナの方へ体を向ける。
一連のやり取りにも一切表情を変えないが、全くコミュニケーションが取れない訳ではない不思議な少女。
「お前といると調子が狂うなぁ…」
「お気になさらずに。いつもの事ですので」
「気にしろよ!」
真顔でズレたことを言う少女は、ワザとやっているのではないかと疑いたくなってしまう。
「それよりも、そろそろ出発するのでは?」
「……分かってる」
セナにペースを乱されながらも、我々も王都に向けて出発した。
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数騎の馬と四台の馬車に兵士と物資を詰め込んで、王都への道を進む。
馬に乗るのにも慣れてきたが、あくまで通常の歩行などの場合だ。全力で駆けることなど、出来るはずがない。
同じく馬に乗っていたヒルに近づき、話かける。
「王都まで三日程度でしょうか?」
「ああ。先に出た連中が、途中の村や町で馬を交換しながら最速で進んでいるんなら、こっちは休み休み行くしか無いからな…。それよりも、アレは良いのか?」
自分たちの進む道のあちこちには、魔物の死骸が横たわっていた。
「本人が『やる』と言ってましたし…」
そう言って少し前方の方を見ると、槍を構えて馬に跨ったセナが、露払いをしていた。
「正直、助かったぜ。そうでもなきゃ、もっとペースが落ちてるはずだ」
「ええ。でも、なんでこんなに魔物が?」
「先発組が散々踏み荒らして行ったからな。あの譲ちゃんを付けてくれたのは、これも見越してだろ」
「……」
日が傾き始めて夜営の準備をするまで、彼女はずっと魔物を退け続いていた。
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「すまなかった」
「なんの事でしょうか?」
戻って来たセナに、開口一番に謝った。
「君の役目を見誤っていた」
セナは、アリサの為に連れて来られたのではない。十中八九、エマが自分を気にかけて付けてくれたのだろう。
そんな彼女を、邪険にしていた自分が恥ずかしくなって出た謝罪だった。
「ですから、お気になさらずと」
「いや、そう言う訳には…」
「呪われたこの身を、ただ使い潰して頂ければ良いのです」
「……呪われた?」
自分の言葉が聞こえなかったように、セナはその場を離れて行ってしまった。
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ノルの街を出て約三日。
眼前には、王都の城壁が近づきつつあったが、急いで王都に入る事はせず、少し離れたところで機会を伺い野営を行っていた。
「おう、大将!仕入れて来たぞ!」
王都に出入りしていた者達から情報を集めていた冒険者が野営地に帰って来た。
「王都も敗戦の知らせで、混乱してたらしいんだが…」
「していた。と言うことは収めたんですね」
「ああ。王都の城門を警備してる連中の中に、王都守備隊に交じって憲兵の連中がいた」
「……遅かったってことですか?」
「ああ、王都はノルド王子の手中だそうだ」
アリサを目の敵にしていた第二王子。彼の行動は、ある程度は予想していた。
それに、王子よりも気になる人物がいる。
「王女は?アリサはどうなっていましたか?」
「それが…」
そこへ、王都の中で情報収集していたヒルが合流する。
「おい!あの王女様、宮殿に軟禁されちまってるって…」
王都が王子の手に落ちたことよりも、こちらの方が深刻な問題だった。




