第34話 敗戦の報
章管理に誤りがございました。申し訳ございません
王都からの知らせは、ゴンド王国が帝国の侵略軍に破れたことを伝えていた。
世界屈指の軍事力を誇ると言われていた隣国が、どのように負けたのかということよりも、アリサには確認するべきことがあった。机に手をつき、体を乗り出して報告に来た兵士を問いただす。
「お、王は!?父や兄は無事なの!?」
「今のところは、何も…」
「……そう、ですか。ありがとうございます。伝令の兵を休ませてあげて」
報告を終えた兵が部屋を後にすると、アリサは強張った表情のまま、目線を落として立ち尽くしていた。
「大丈夫だ、落ち着け」
「……なんで、そう言い切れるの?」
「出陣から、この知らせが届くまでが早すぎる。恐らく、援軍は間に合っていない…」
アリサの見せてくれた地図から、進軍速度を考慮すれば、帝国との国境線まで十日以上は掛かるように見えた。
我々が北方に向かって、約一週間。エルド遠征軍は、ゴンド王国の只中を、今なお進軍している可能性が高かった。
「……とにかく、早くここから引き上げないと」
「どうするつもりなんだ?」
「ここから、西の国境へ向かうわ」
「いや、王都に戻るべきだ」
納得できないといった表情を浮かべたアリサは、こちらを真っ直ぐに見つめて、いつもよりも厳しい口調で反論してきた。
「どうして!?一刻も早く、ゴンド王国に救援に行くべきでしょ!?」
「この敗戦は、誰も想定していなかっただろ?」
「それは……、そう。だけど…」
「君と同じで、この国の人は今、動揺している。先ずは、自分の国の方が先じゃないのか?」
「……」
正論を言われ、冷静さを取り戻したように、アリサはゆっくりと椅子へ腰掛けて、大きく息を吐いた。
「……あなたの言う通りよ。ごめんなさい、取り乱して」
自分の感情を理性と責任感で押し殺した彼女の手は、固く結ばれていた。
そんな彼女に、聖霊がそっと寄り添う。
「そうね。それが私の、王族の役目だもの…」
肩筋に飛び乗った聖霊を撫でながら、アリサは決心を固めていた。
「…しかし、そいつ、本当に神様なのか?」
「ククリのこと?」
時折見かける綺麗な緑色の毛並みをした小動物は、こうして見ていると、アリサのペットのようにしか見えない。
「その、ククリってのは、君が名付けたのか?」
「いいえ、そういう訳では無いけど…。この子が、そう伝えて来た気がして呼んでいるの」
上手く言えない。と、苦笑する彼女を他所に、聖霊はこちらに視線を向けたかと思うと、トントンとアリサから離れて、こちらの頭の上に駆け上がって来た。
「…こいつ、俺を馬鹿にしてないか?」
「そんなことないと思うけど!」
自分の頭の上でチョコンと座る聖霊を見て、先ほどまでの重苦しい顔から、晴れやかな笑顔を見せるアリサ。感情豊かな彼女だが、やはり笑っている顔が一番美しく見える。
アリサは吹っ切れたような、スッキリした顔で立ち上がると、
「さて!王都に戻るにしても、先ずは皆に話さないと。急ぎましょう!」
そして、軍議を開くと言って、彼女は部屋を出ていった。
そう。急いだ方が良い。
王都には、もう一人、同じ立場の人間がいる。
彼がこの混乱に拍車をかけることは、明白だった。
※※※※※※※※※※
部屋に残された自分は、聖霊を抱きかかえて見つめていた。
聖霊は導くだけの存在だと、シャルは言っていた。
「…もしかして、お前が?」
― 括り。
一つに束ねる意味を持つ言葉。
もしかしたら、異世界へと自分を導いたのは、聖霊なのだろうか?
締め括り。結末へと導く為に…
自分には何らかの才能があると、その力が怖いとアリサは言っていた。自分が物語を終わらせるために導かれたなら、その力は、彼女たちにとって果たして良いものなのだろうか。
そう考えているうちに、聖霊は身を捩って自分の手から脱出すると、窓際に置かれたクッションの上に丸まってしまった。
仕方なく、自分もアリサの部屋を後にした。
※※※※※※※※※※
外に出ると、宿営地どころか街全体が不安が伝播するように、この噂でいっぱいだった。
冒険者ギルドへと足を向けると、歴戦の英雄然としたベテラン達までもが不安を口にしている。
そんな中で、一角だけ場違いな様に落ち着いた集団がいた。
「よぉ!こっちだ!」
顔を見るなり手招きするヒルの周りには、北方で活躍してくれた冒険者達が集っている。そんな一同に向かって自分は頭を下げた。
「皆さん、今回は本当にありがとうございました」
「やめろよ、大将!」
「そうよ。今回の件じゃ、あなただって大活躍じゃない」
ヒルが彼らを連れて来てくれなかったら、北方での足止めどころか、命すら危うかったかもしれない。
「しかし、小鬼の件が片付いたと思ったら、今度は戦争か。大将たちも大変だなぁ」
「皆さんは、これからどうするんですか?」
そう聞くと、一行はヒルの方を向いた。
「実は俺たちの村で起きた件で、帝国が関わっていた節があってな…」
「……帝国が?」
今まさに隣国へと攻め入ってきているその国が、なぜあんな辺境の村なんかに手を出す必要があったのか。
そんな疑問は些細な問題だ。奪われた者の事を思えば、自然と怒気が漏れ出し、拳を握りしめる力が強くなる。
「そこで、物は相談なんだが、俺たちを専属で雇ってみるつもりはないか?」
「専属で?」
「ああ。これから帝国と事を構えようって時だ。お前やあの王女様に付いてった方が、こっちとしても都合が良い」
彼らのような猛者達が付いてくれるなら願ってもない。それに、冒険者達によって張り巡らされたネットワークは、この世界の情報を知るのに適している。
だが、先ずは報酬の面を考えても、アリサにお伺いを立てる必要がある。
「雇うにしても、先ずはアリサに許可を取らないと…」
「何言ってやがる。俺たちは、お前に付くって言ってんだ。お前が決めてくれれば良い」
「……報酬は期待出来ませんよ?死ぬかもしれませんし」
「フンッ、俺たちが付いてて、お前が簡単にくたばる訳ねぇだろ」
ここまで言われて、断る選択肢などあるのだろうか?
ヒルの差し出して来た手を、ガッチリと掴む。
「こき使うので、逃げ出さないようによろしくお願いします」
「…言ってくれるじゃねか」
無骨な手に込められた力と温かさが、とても頼もしく感じた。
※※※※※※※※※※
軍議を終えてすぐに、アリサは側近達を集めた。
デルトとエマ、そしてシャルに自分を合わせた五人で執務室に集まると、アリサが軍議の内容を伝えて来た。
「さっきの軍議の中で、私の王都への帰還が決定しました。ただし、小鬼の動向が定かでない以上、部隊はノルの街にこのまま駐留させることにしました」
大所帯では、出発までの準備や行軍速度が遅くなる。一見、有効なように見えるが、それは一つの問題を含んでいる。
「アリサを無防備にして王都に帰るの?」
シャルの言う通り。僅かな手勢のみで、あの魔窟のような王都に戻るのは、躊躇いを感じる。まして、今ではどんな状況になっているのか分からない。
「軍議では言わなかったが、騎士の中には貴族派の連中もいる。隙きを狙ってるやつがいるかもしれないぜ?」
「懸念はもっともですが、このままここに居ても、状況は何も変わりません。それどころか、より深刻になる一方です。同行する者には精鋭を選びます」
デルトとエマが、軍議の場では言えなかったことを言い合っている。彼らに聖霊への耐性は無いが、同室にいるくらいなら気怠さを感じる程度らしい。ただ、長時間は無理だとデルトは言っていた。
二人の会話の中で、気にかかる言葉があった。
「その貴族派って何ですか?」
「貴族中心の支配体制を目論む、この国の派閥の一つです。他に、元老院を中心とした議会派。神官を束ねる神官派などがあります」
「貴族派の連中は、昔から第二王子の後ろ盾だからな。動くなら、今が絶好の機会のはずだ」
王が不在なうえ、その他のライバルはそれぞれ戦地に赴いている。国内の混乱に乗じて彼らが行動を起こすのは、むしろ自然なことだ。
「みんな心配し過ぎよ。ノルド兄様も、そんな浅はかなことはされないはず」
「…だと、いいんだが」
内外双方に不安を抱えて、この国は混乱の入り口に立っている。




