第33話 迷い
エマを探していると、彼女はすぐに見つかった。
彼女は、救護所からちょうど出てくるところだった。こちらに気付いたエマは、少し目を伏せたように見えたが、すぐに声を掛けてきた。
「…貴方は、もう大丈夫なのですか?」
「ええ、セナのおかげです」
「そうですか。……少し場所を変えましょうか。話したいことがあるのでしょう?」
コクンと頷くと、彼女の案内で、議会場の個室に案内された。エマは入り口に立つ兵士へ人払いを命じて、ソファーへ座るようにすすめてくれた。
「まずは、貴方の働きに感謝いたします」
「い、いや、自分は何も…」
正規の兵士ではないにしても、騎士から見れば目下の自分に、謝辞を述べる彼女に、自分の方が恐縮してしまう。
「アリサが頑張ったおかげじゃ…」
「ええ、ですから、それを含めて感謝を」
微笑む彼女を見て、すべて見透かされていることを悟る。
「しかし、今度からは私にも相談して頂きたいです。あの子に、もしものことがあったら…」
「……すみません」
本気でアリサの事を心配するエマ。思慮深く、人格もすぐれた優しい女性に見える彼女。
だからこそ、セナのことが腑に落ちない。
「あの、セナのことについて、お聞きしても?」
「……ええ。構いません」
「あの子は、一体なんですか?命令に疑問を持つこともなく、自分の命も顧みない。あれじゃ、まるで…」
「兵器。と、見えたのでしょう?『人形兵』と言うのだそうです…」
自分の持った印象と同じ言葉を口にするエマ。その顔は、実に悲しそうな表情だった。
「彼女をあんなにしたのは…」
自分の言いたい事を察し、エマは目を伏せて、小さく首を横に振る。
「まさか。…あの子は、バラク王国から来ました。献上品として」
「献上品?」
「ええ。友好の証の品だと。正直に言って、悪趣味極まりない。すぐにでも、送り返したかったのですが…」
「なんで送り返さなかったんですか?」
「彼女に帰るように伝えると、自分の首を切ろうとしたので…。仕方なく、私の手元に置くことにしました」
なるほど。詰まるところ、エマも被害者の一人なのか。元凶は三王同盟の一角、バラク王国。豊かな国と聞いていたが、確かにアリサが警戒していたのも頷けた。
だが、もう一つエマには聞くべきことがある。
「ならなぜ、今もなお、彼女を兵として使っているんですか?」
「……痛いところを突いてきますね。貴方は」
「彼女を、普通の女の子として解き放つこともできたはず、なのに…」
「シャルは?彼女は、セナを何と言いましたか?」
一瞬、なぜシャルの名が出てきたのかと思ったが、彼女の言葉を思い出す。
「彼女は、『壊れている』と…」
「彼女に、出来ると思いますか?貴方の言う、普通の生活というのが…。彼女にとっては、今が普通なのです」
そう。彼女を実際にこの目で見て、分かっている。彼女は異質だ。まるで、異世界から来た自分のように…。
「…でも、」
「ですが、彼女の力に私が頼っているのも事実です。私は、アリサを守るためならば、力を使うことに躊躇いはありません。……これは、私の弱さゆえです」
「……」
返す言葉が見つからなかった。エマは決して弱くない。彼女は、彼女なりの決意を持って行動している。それを批判するほどの決意や覚悟を、自分は持っていない。
話が一通り終わり、そろそろ部屋を出ようかと思っていたときだ。エマが最後にと、密談するような小さい声でコチラに話してきた。
「良いですか?セナのことは、アリサには内密にお願いします」
「なんでですか?アリサは、セナを追い出したりしないと思いますけど…」
「貴方も知っていると思いますが、あの子は人一倍他人を気に掛けます。バラクはそれを承知の上で、セナを贈って来たのでしょう。あの子を縛り付けておくために…」
確かに、あの王女様は目の前にいる少女を優先するだろう。あの責任感の塊のようなアリサが、エマを放っておけるはずがない。
そうして、話も一段落したところでエマの部屋を出た。次に向かう先は、同じ建物の中にある。
※※※※※※※※※※
執務室のドアの前に立つ衛兵にアリサの在室を確認して、ノックをして部屋の中に入る。
「……」
「……」
お互いに沈黙の時間が続き、やがて、アリサは諦めたように小さくため息をして、コチラに視線を向ける。
「……座ったら?」
アリサにすすめられてソファーに腰掛けると、彼女は再び目線を外してしまったように見えた。
―だが、直後
「……ありがとう」
「え?」
「……まだ、言ってなかったと思って」
そう言うと、やっと彼女はこちらを見てくれた。だが、目線が合うとすぐに目線を下げてしまう。
こちらも、彼女から礼を言われたことが気恥ずかしくて、しばし沈黙が続いた。
だが、一方的にお礼を言われることではないとも思った。小鬼との戦いで、作戦を立てたのは自分だが、実際にみんなを動かしたのはアリサの力だ。
それに彼女は、こんな新参で素性も分からない自分のことを信用してくれた。
そうでなければ、作戦が動き出すことも、みんなを導くことも出来なかった。
「君が、みんなを動かしたから…」
「そのことだけじゃなくて、その、…約束。…ちゃんと帰って来てくれたから…」
―ああ。そんなことか。
それでお礼を言われるのは絶対に違う。
生贄の村で自分が踏みとどまったのは、彼女との約束があったからだ。
しかし、その直後、気恥ずかしさは何処へ行ったのか、彼女はクッと顔を上げて鋭い目で自分を見据えた。
その豹変ぶりに、思わず自分もたじろいでしまう。
「でも、北方奥地への独断先行?挙げ句に怪我までして、何を考えているの!?いい、貴方のそれは勇気じゃない!蛮行よ!!」
一気にまくし立てられて、面を食らってしまうが、まだ足りないのか、彼女は抑えてきた感情を吐き出し続ける。
「それに、何なの?あんなにいっぱい女の子を引き連れて、肩にまでのせちゃって…」
言いがかりも甚だしい文句を言われ、流石に良い返そうとしたとき、
「近くにいて欲しかったのは、私もなのよ…。あの時、あの峡谷で小鬼たちの断末魔を耳にしている時、私は、怖かった…」
先ほどまでとは異なり、今にも泣きそうな不安そうな声で訴えるアリサを前に、唯一、言えたこと。
「……すまない」
「私は、あなたの言葉に従ったことが、間違ったこととは思っていない。でも、私はあなたのことを、怖いと思ってしまった……」
「……」
「あなたには、才があるのかもしれない。ただ、その力が、私は怖い。私は、あなたと一緒にいて良いのか、迷っているの……」
確かに、日本で地図を見慣れていたというだけでは、思いつかないことがいくつもあった。
目が良いと例える人もいた。
異世界に来て、日本とは違う力が呼び起こされて来たのだろうか?
※※※※※※※※※※
再び、沈黙が続いていた時、廊下の方がやけに騒がしくなったかと思うと、急に扉が開かれて兵士が部屋に飛び込んで来た。
「アリサ様!!王都から早馬が!」
「早馬?それで、何と言っているのですか?」
兵士の慌てぶりが、ただ事ではないことを物語っている。
「ゴ、ゴンド王国敗戦!!前線は壊滅と!」
この報告を時が止まったように、アリサは聞いていた。
戦火は、確実にその足音を近づけていた。




