第32話 帰還
波乱続きだった北方の小鬼討伐も、ようやく一段落し、ノルへの帰路に就いた。
小鬼の残党への対処を、後続の部隊に任せ、アリサ達も共に山道を進んでいた。数を減らしながらも、村を一つ飲み込んだ群れは、南下する危険を恐れたのか、すでに山の奥地へと消えて行ったようだった。
そんな帰り道で、アリサ達と一緒に合流したシンが、この微妙な雰囲気に耐えきれなくなったように、こちらに小さい声で話しかけてきた。
「な、なぁ、兄貴…。王女様に何かしたのか?」
「……分からん」
合流した時は、相当怒っている様子で、説教されることも覚悟していた。だが実際は、言葉を交わすどころか、こちらと目を合わせようともしない。
「…もしかして、その人が原因なんじゃ?」
シンの目線の先には、意識を失って自分に背負われた、真っ白な少女の姿があった。お互いに傷だらけだったが、彼女を放っておくことが出来なかった。
そんなギクシャクした中で、眼前にはノルの街が見えていた。
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ノルに到着してすぐに、救護所へセナを担ぎこんだ。あちこちが傷だらけで、肩口には小鬼に放たれた矢傷が残っている。
幸い小鬼との戦闘が一方的な展開となったことで、救護所には余裕があり、すぐに軍医に診てもらうことが出来た。
「またか、この子は…」
「また?」
「セナだ。彼女は任務がある度に、こんなになって…」
どうやら、彼女がこうして運ばれるのは、一度や二度の話では無いようだ。
「君は、そちらで手当を受けて行きなさい」
「俺は、別に…」
「額の裂傷。それに、あちこちボロボロじゃないか。他人の事を言ってる場合ではない」
そう言われて、額や全身に包帯を巻かれると、意識の戻らない彼女を置いて、救護所を後にした。
救護所を出るとすぐに、自分を待ち伏せていたように、ヒルが壁に持たれかかりながら立っていた。
「よぉ、まずはお疲れさん。それにしてもスゴイ奴だな。お前は」
「いいえ。全部、ヒルさん達のおかげです」
これは、謙遜でもお世辞でも無い。
今回の北方での行動に関して、冒険者達の力無くして、成功など何一つあり得なかった。
少し照れくさそうに小さく笑ったヒルだったが、すぐに元の顔に戻り、救護所の方を見る。
「…あの嬢ちゃん。大丈夫そうか?」
「先生に任せてきましたから、おそらく」
「そうか…。ああいう人間を、何度か見てきたが、どうも好かねぇんだよなぁ…」
ヒルの言いたいことは分かる。おそらく、彼の持った印象は自分と同じものだと思った。
「あの嬢ちゃん、自分の命に執着してねぇぞ。どうして、あんなになっちまんたんだか…」
「ええ。アリサやエマが、あんな事を許すとは思えない…」
「お前やあの子には悪いとは思うが、あれは一種の化け物だ」
「……」
女の子を形容するのには、あまりに不釣り合いな言葉。だが、セナにはそう感じさせてしまうような、何かがある。
「悪いな、嫌な空気にしちまってよ。冒険者連中も皆帰って来てる!後でお前もギルドに顔だせよ!!」
ヒルは、場の空気を変えようと無理やり大声で叫ぶと、手を振って立ち去って行った。
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「なんで、俺が付き合う必要がある」
「いいから付き合えよ!一人じゃ、身が持た…。じゃない、勿体無いからさ!」
宿営地の中を歩いていると、シンがコルトに何かをせがんでいた。森の中では歪み合っていた二人だったが、今やすっかり打ち解けているように見える。おそらく、シンが気を遣って歩み寄ったのだろう。
「お兄ちゃん、一緒に行ってあげなよ?」
「ほら、ソニアもああ言ってるしさぁ」
「黙れ!ソニアも、どうしてコイツの肩を持つ?」
コルトの妹ソニアも加わり、その場は、より賑やかになっていた。
そんな彼らを見ていると、後ろから不意に声を掛けられた。
「こんなところをウロウロして、どうしたの?」
「うわぁぁ!な、何だ、シャルか…」
思わず変な声が出てしまったこちらを、しばらく見つめて、シャルは小さくため息をついた。
「あなたには、会うべき人がいるはず。迷っているの?」
「……正直、分からない」
何故か、いつの間にかシャルには、本音が言えるようになっていた。
そう、自分には会うべき人が二人いる。セナの事情を知っているはずのエマと、自分を避けているように見えるアリサ。
その両者に会うことを、自分は躊躇っていた。
「一歩間違えば、関係が一気に崩れてしまう気がして…」
「変わったのね。会ったばかりのときは、あなたの方が全てを拒絶していたのに」
目の前で話すシャルに背中を押してもらって、ようやく変わり始めることが出来た。表情の変化に乏しく、平坦な喋りは、冷たい印象を彼女に与えてしまうが、実際にはとても優しく、世話焼きで母親のような印象だった。
「大丈夫。二人は弱くない。それに、迷っているのは、あなただけじゃない」
そう言い残すと、シャルはシンたちの方へと歩いて行った。
シャルが近づいてきたのに気付いたシンは、全力で逃げようとするが、あっという間にシャルに捕まってしまう。そして、シンがコルトの方を指差すと、二人はシャルにどこかへ連れて行かれてしまった。ソニアも、そんな三人の後を追ってこの場を後にし、自分だけが取り残されてしまった。
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彼らと別れて、いよいよ向き合うべき人物の方へと足を向ける。




