第31話 危うさ
「一人で行かせて良かったのか?」
「置いて行ったら、あなた、ついて来れないでしょ?」
「ま、まぁ…、確かに…」
返す言葉も見つからず、森の中をシャルと共に進む。森の中で、エルフである彼女以上に頼もしい存在はそう居ない。
異変を察知したセナには、原因と思われるところへ先行してもらった。当然、断られるものと思っていたが、彼女は理由も聞かずに頷くと、あっという間に森の中を進んでいってしまった。
「なぁ、あの子、大丈夫だよな?」
「戦闘に関しての素質は突出している。心配無い。ただ…」
シャルにしては珍しく言葉を詰まらせ、躊躇いを見せる。自分も、ほんの少しではあるが、セナと接して思うところが無いわけではなかったし、彼女なりに言葉を選んでいるのかもしれない。
人の心の内を読むことに関して、自分はシャルを信用している。彼女がセナをどう見ているのかが気になった。
「…ただ?」
「あの子は、…壊れている」
シャルは短く少女の印象を口にする。その言葉の意味を目の当たりにするのに、それほどの時間はかからなかった。
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「…化け物か」
目の前で繰り広げられる光景に、ヒルはそんな感想しか出てこなかった。
一人の少女は小鬼たちの群れの中に飛び込むと、次々と切り伏せていった。数十匹はいた群れはその数を減らし続け、中には武器を捨てて逃げ出す奴さえいた。
そんな怪物みたいな少女に敵わないと踏んで、こちらへ向かってくる小物を始末する。こちらも楽では無いが、ド派手に暴れる少女の方へ関心が向いているため、対処できる程度ではあった。
それにしても、小鬼に一人で挑みかかった少女も無傷とは行かず、矢傷やいくつもの切り傷を受けているのが見える。しかし、少女は全く動きを止めようとしない。
チッ!と、大きく舌打ちして苛立ちを押さえ、ヒルは少女の戦闘を見守りながら、戦いを続けていた。
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やっとの思いでセナに追いつくと、目の前には惨状が広がっていた。
辺りには小鬼の死体がいくつも横たわり、その屍の先で、彼女は戦闘を続けていた。
「セナ!」
咄嗟に剣を取ろうとして、手が空中を掴む。村で装備を奪われ、丸腰だったことに気付いて焦っていると、
「…世話が焼ける」
シャルが小さくため息をつき、次々と矢を放つと、セナを弓矢や吹き矢で狙っていた小鬼たちが倒れていった。
しかし、そんなこちらを尻目に、セナは猶も敵中に突っ込んで行く。
傷だらけになりながらも、表情や息遣いさえ一切変えずに敵へと向かっていく少女の姿は、狂戦士や戦闘狂と言った感じではない。
その姿はまるで…、
「お、お前!?生きてたのか!」
セナの向かったのとは逆の方から声がしたかと思うと、足元にウルが勢いよく駆け込んできた。その後からは、ヒルやコルト達が、疲れ果てた様子で続いていた。
「てっきり、殺られちまったもんかと…、おい?聞いてるのか?」
「……」
ヒル達と合流して、ようやくセナの行動の意味を察する。彼女は自分を囮にしているのだ。小鬼たちの意識がこちらに向かないように派手に暴れて…。
それが理解出来た時、自ずと苛立ちが湧き上がって来る。
もちろん、この状況がどうにか出来ているのはセナのおかげだ。そんな彼女に怒りの感情を向けるは、筋違いだとは分かっている。
だが、どうして彼女はこんな判断が出来るのか。そして、そんな彼女を何もせずに立ち尽くして見ているだけの自分は何様なのかと。
いろんな感情に押し出されるように前に出ながら、屍となった小鬼の手から、棍棒を拾いあげる。
「おい、おい!お前まさか、あの化け物のところに?」
化け物と聞き、思わずヒルを睨みつけると、彼も失言と思ってか、目を伏せて黙り込んでしまった。
確かに、セナは規格外の戦いを見せていたが、傷からは多くの血を流し、既に振るわれる槍には、もう、あまり力が残っていないように見えた。
そんな彼女を見て、行かないという選択肢は、ない。
不意をついて、セナの後ろへと回り込んだ小鬼目掛けて、一気に駆け寄り棍棒を振り下ろして、牽制する。
「余計な事を…」
「したとは思っていない。お前、限界だろ?」
「……」
そうやって精一杯に強がってみたが、自分も痺れ薬や、いたるところで受けた傷で限界に近かった。
お互いに満身創痍のなかで、ジリジリと小鬼たちが間合いを詰めてくる。そして、再び、森の奥からガサガサと、物音がし始めるのに気付いた。
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「冗談だろ…」
今の時点で追い詰められているのに、これ以上数が増えれば…
森のざわめきが、膠着状態の睨み合いの中に響き、勝利を確信したように小鬼たちが笑い始めた時だった。
一気に森を突き破って来た姿は、黒い甲冑を身に纏った人だ。馬を操り小鬼を蹴散らしながら、数人の騎士達が脇をすり抜けて行く。その中の一人が、目前で馬を止めて、こちらへと近寄ってくる。
「よぉ!ヒサヤ!どこ行ってやがったんだ?」
場違いな大声で、騎乗したまま話しかけてくるデルト。そして、周りには続々と兵士たちが集まって来ていた。
不利を悟った小鬼たちは、一斉に森の奥深くへと逃げ出して行く。そんな小鬼の姿を見て、安堵しながら目の前の騎士に尋ねる。
「デルトこそ、どうして?」
「お嬢の命令でよ。小鬼の追撃、ってのは建前で、お前さんの捜索だろ。ほれ、あそこで、おっかない顔して…」
デルトの指差す先には、こちらを睨みつけている王女の姿があった。美人の怒った顔は、冷たく怖い。
そんな彼女から目線を外そうとした時、突然、隣に立っていたセナが、まるで電池が切れたように、その場に崩れ落ちるのを抱き止めた。
「お、おい!セナ?セナ!?」
鬼や化け物と見えた少女は、とんでもなく華奢で、か弱い印象さえ持ってしまう。
戦いで負わせてしまった傷が、彼女を蝕んでいた。




