第30話 白い少女
目の前に突然現れた少女は、雪のような白い髪に白く透き通った肌をしていて、あまりに神秘的だった。手には長い柄と穂先が一体になった細長い槍のような武器を持っており、穂先の部分には真新しい血が滴っている。
「平気ですか?」
「あ、あぁ…」
周囲の小鬼を気にすることもなく、澄んだ声で話しかけてくる少女に戸惑いながら問いに答えると、彼女は武器を構え直した。
「そうですか。少し休んでいて下さい」
周囲に集まった十数匹の小鬼は、少女を前にして興奮していた。もはや、自分のことなど眼中にないように、少女の方に詰め寄って行く。取り囲むようにじわりじわりと近づいていた小鬼だったが、我慢の限界とばかりに一斉に少女へと襲いかかった。
直後、予想外の状況が目の前に広がっていた。
少女が槍で先頭の集団を横凪にすると、小鬼たちの首や振り上げた腕がその場に落ちて行く。本来、槍は刺突に特化した武器のはずだが、少女の使う槍の穂先には鋭利な刃がついているようだった。
そして、少女はそれを皮切りに襲いかかる小鬼を次々と切り伏せて行った。その光景は、まるで舞を舞うように美しくも見え、また、鬼のように恐ろしくも見えた。
周りにいた小鬼は瞬く間にその数を減らし、ついに恐れをなした小鬼がその場から逃げ出す。
背を見せる小鬼に向かって少女が槍を投げると、その中の一匹を貫いて地面に突き刺さった。さらに逃げる小鬼を少女が槍を引き抜きながら追おうとした時、数本の矢が逃げる者たちを仕留めていた。
「セナ。出過ぎ」
「…申し訳ありません。シャル様」
見覚えのあるエルフの姿を見て、白い少女がエルド兵士の服装をしていることに、初めて気付いたのだった。
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「無事?」
「ああ、おかげさまで…」
こちらに歩み寄るシャルに、痛みを堪えながらようやく立ち上がって答えると、彼女は少し微笑んだように見えた。だが、再び顔を覗くと、すぐに元の表情に戻っていた。
「どうしてシャルが?」
「あなたを焚き付けたのは私。死なれたら寝覚めが悪い」
言い方はともかく、心配してくれていたことが分かる。少し前までとは考えられない変化だった。
「あれは、誰なんだ?」
「彼女はセナ。エマのところの兵」
シャルに紹介された少女は、チラッとこちらを見て目を伏せて挨拶すると、すぐに周囲の警戒へと戻っていった。
「…」
「気にしないでいい。あの子は常にあんな感じだと」
同い年くらいに見える彼女の印象を一言で言ってしまえば、氷のような少女だった。出会った当初のシャルの方が余程マシだったと思えるほどに、無表情で感情の起伏が無い。
「では、早く戻りましょう」
「シャル、森の中で他に誰か見かけなかったか?」
「見ていない。あなたと一緒にいた冒険者も、少年も」
「そうか…」
あの後、彼らは無事に逃げることが出来たのだろうか。そんな事を思っていた時、
「お二人とも…」
気配を全く感じずに近づかれて、驚きながら振り向くと、セナと目が合った。
彼女の瞳は、紫陽花のような薄い青と紫のような見たこともない色をしていた。だが、それとは別に、彼女の瞳は感情を含んでいない。まるでガラス玉のような目をしていた。
「セナ、どうしたの?」
シャルが彼女に尋ね、視線が外されて、ようやく我に返った。セナは何事ものなかったように報告を続ける。
「小鬼の動きが変わりました。群れが他の方向に動き始めようです。今のうちに…」
彼女の言う状況には、心当たりがあった。
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「急げ!追いつかれるぞ!!」
森のざわめきが徐々に近づいて来る中で、ヒルが声を上げる。ウルが先導する道を、手負いの少年と三人の少女と共に進む。さすがのヒルも焦っていた。
「…たっく、割に合わんな」
少女を連れてこの森を進むことは、最高難易度の依頼に匹敵する。
「文句言ってないで、なんとかしろよ!おっさん!」
コルトが喚くのを無視して、今はただ逃げるしか無い。ヒルが行動に出たところで、小鬼たちの関心は少女たちに向いてしまう。
それに、彼は何もしていないわけではない。目の前を進む狼と、これまでの経験を踏まえて、適切なルートを瞬時に判断して進む。彼無くして、このペースを保って進むことは到底不可能だった。
「わ、私たちのことは構わないで、先に…」
「馬鹿!そんなことしたら、アイツに顔向けできねぇよ」
少女の一人が言ったことを否定するが、遅かれ早かれ、このままでは全員が助かる見込みは薄かった。ここまで頑張って来た彼女たちにも、流石に疲れの色が見える。ペースが落ちているのを、後ろの気配が伝えていた。
※※※※※※※※※※
そんな必死に悪路を進んでいた時だった。
「キャッ!」
「ソニア!大丈夫か!?」
足の踏み場を誤って、ソニアが態勢を崩してしまう。コルトが手を貸して立ち上がらせたものの、足を捻ったのか、まともに歩くことが出来そうになかった。
「私はもういい!お兄ちゃんは早く…」
「置いてなんていけるか!」
そんな兄妹の前に、ついに小鬼が姿を見せる。
一直線に走り込んで来た一匹が、ソニアに迫ったのをコルトが身を呈して止めようとした直後、飛んできた剣が小鬼に突き刺さる。
「…たっく、本当に割に合わん」
ヒルは剣を引き抜いて、コルトの前に出た。
十匹程度ならば一人で相手にすることも出来ただろうが、集まった群れは数十匹になろうとしている。流石に分が悪いが、子供を置いて行くことなど選択肢には無い以上、やることは一つだった。
剣を構えた一人の冒険者を嘲笑う小鬼たちの笑い声が響いていた時、その声の中から悲鳴が上がる。それは、一つ、二つと徐々に増えていき、小鬼たちがようやく悲鳴の方向に意識を向けると、数匹が既に血溜まりの中に沈んでいた。
そして、そこに立っていた一人の白い少女は、まるで鬼や悪魔のように見えた。小鬼たちもその存在の異質さに後ずさりするが、そんな彼らを少女は容赦なく斬り捨てていく。
小鬼たちは襲いかかる少女に向かって応戦するが、全く歯が立たない。だが、ついに一本の矢が少女の肩に命中した。
大抵の人間は傷を負えば動きを止める。小鬼たちは、その隙を突こうと近づくが、少女の動きは全く変わらなかった。まるで痛みを感じていないように、依然として襲いかかってくる少女に、小鬼たちは本能的な恐怖を感じていた。




