第26話 小鬼
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残党を山奥に追い立てるために追撃の指揮をとっていると、シンと冒険者達が山の方から姿を現した。
「シン。やっぱり、あなた達だったのね」
シャルが声を掛けるが、シンは黙り込んだままだった。彼もまた、自分の想像を超えるものを目の当たりにしたのだろうから。
それでも、彼らには伝えておかなければならないことがあった。
「シン。あなた達のおかげで私たちは助かった。感謝します」
「王女様…」
僅かに活力の戻った彼の目に安堵しながら、先ほどから気になっていた事を口にする。
「ヒサヤはどこにいるの?」
「それが…、地図を持ってた奴の村に」
それを聞いて、何故か嫌な予感がした。
暴走を食い止めたとはいえ、未だに小鬼たちは北部一体に散らばっている。
「アリサ!どこに行くの!?」
不安にかられてその場を離れようとした私を、エマが引き止める。
「あなたは軍の指揮官なのよ?」
「でも…」
「私が行く」
私達のやり取りを見ていたシャルが、スッと前に出る。彼女は、私以外のことで自ら動くことは滅多にないのに。
それを見ていたエマも、珍しいものを見たように驚いていたが、ハァとため息をついた。
「あなただけでは、接近戦は不安でしょ?…あの子にも行ってもらいましょう」
そう言うと、エマは一人の人物を呼びつけた。
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北方の少年、コルトの案内で山道を目的の村に向けて進む。
一緒に付いてきたのはウルとヒルだけだ。シンはアリサの軍に合流させるようにした。冒険者とアリサ達とのつなぎ役が必要だったし、相当な精神的疲労があるようだったからだ。
ちなみに冒険者たちとの契約は小鬼の撃退までのはずで、ヒルが付いてきてくれたのは彼の好意によるものだ。
山道を進みながら、案内人の少年に気になったことを聞いてみることにした。
「コルト、今から向かうのは君の村なんだよな?」
「あぁ。そうだ」
「生け贄の地って言うのは…」
「本当だ。村は小鬼たちに自ら生け贄を差し出すことで、難を逃れてきた」
確かに地図で見たところ、他の村に比べてこの村だけが異様に北に突出していた。
他の村々が小鬼を恐れて南下していくのに対して、他者の命と引き換えに災厄を回避してきた結果だろう。
「でも、なんで君一人がノルの街で行き倒れてたんだ?両親とかは…」
「…死んだ」
「え!?な、…」
表情を変えず淡々と語る少年に、こちらが口ごもってしまう。
「親父は妹が生け贄に選ばれたときに殺された。男親は抵抗されると面倒だからと。母親はその境遇に耐えきれずに自ら命を絶った。…俺には、もう妹しかいないんだ」
自分たちの命可愛さに、他人の命を平気で奪う人々。その異常さが、これから向かうところへの不安を募らせた。
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だいぶ森の奥地に進んで、ようやく村の入口付近に到着する。村は丈夫そうな丸太で周囲を完全に覆うように造られていて、城壁を持った要塞といった印象だった。
「…祭壇は、ここより北の森の中にある。迂回していこう」
コルトの提案に従って、村の祭壇へと直接向かうことにした。目的は別にあるのだから、わざわざ危険を冒す必要はない。
祭壇は直ぐに見つかった。大量の食料に加えて、数個の大きい瓶が備え付けられている。
「ソニア!どこだ、ソニアァァ!!」
コルトが瓶に向かって叫んだとき、奥の木陰がガサガサと音を立てはじめた。
「ソニア!?」
走って向かおうとするコルトの肩を掴んで引き止め、もう片方の手で剣の柄を掴む。ウルが唸り声を上げ、ヒルも剣を抜いて構える。
そして、木陰からは数匹の小鬼が現れた。
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初めて正面から対峙した小鬼は、邪悪そうな牙をちらつかせながら、薄笑いを浮かべているようだった。手には棍棒や短剣のような武器を持ち、遠目でこちらの出方を窺っていた。
そのとき、コルトが押さえていた手を振り解くと、短剣を引き抜きながら小鬼目掛けて突っ込んで行ってしまった。
「お前らがァァァ!!」
「止せ!」
小鬼はコルトの一撃を躱すと、反撃とばかりに彼を蹴倒し、落とした短剣を奪って彼の腕を突き刺した。
悲鳴を上げるコルトと、それを見て愉快そうに笑い声を上げる小鬼たち。
そこへヒルと共に剣で斬りかかると、小鬼たちはコルトから離れ、再び遠巻きにこちらの様子を覗いながら笑い声を上げていた。
明らかに意思を持ち、統率のとれた戦い方。小鬼の知能はかなり高い。おまけに、残忍さも折り紙つきだ。
数匹を相手にするだけで、これだけ厄介な相手とは予想外だった。
「全く、舐められたもんだ」
ヒルは腰から短剣を引き抜くと、それを小鬼の方に向かって投げる。その短剣が小鬼の頭を突き刺したのと同時に、彼はもう一匹の小鬼の首を刎ねていた。
あっという間に仲間が殺られていく様を見て、残り二匹の小鬼たちは笑うのを止め、武器を構えて直す。
そのうちの一匹は、ヒルを格上の相手と確信して、こちらへと襲いかかって来た。
だが、その動きは今までの魔物に比べて圧倒的に遅い。狼と比べれば、スローモーションのような動きだ。小鬼の短剣が届く前に、相手の胴体に向けて剣を叩き込むと、小鬼はその場に崩れ落ちていた。
肉と骨を断つ嫌な感触が手に残る。思えば、これまでの戦いは、向かってくる相手の力を利用していただけだった。今、自分は初めて自分の意思で、相手を倒すための剣を振るっていた。
そんなことを、考えていたからだろう。もう一匹が、こちらに吹き矢のようなものを構えているのに気が付かなかった。
チクッ
不意に肩に突き刺さった針の痛みで我に返り、小鬼の方を見ると、ヒルが最後の一匹を仕留めていた。
「…こいつらは、恐らく斥候だぞ?」
「はい。早くここから離れたほうが良さそうです」
肩に刺さった針を抜き、ちょっとした違和感はあったが、早くここから逃げ出すことにしたのだった。




