第25話 黒羊
山間から谷の方を見下ろして状況を確認すると、小鬼の残党は蜘蛛の子を散らすように逃げていくのが見えた。
「まさか、こんなことになるなんて…」
シンが信じられないものを見たようにつぶやく。
戦場の舞台裏で動いていた男たちは、一様に同じような状態だった。
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執務室でアリサと別れ、少年を連れ出した後。
出陣の判断を確認することも無く、北の森に先行した。簡単では無いだろうが、あの王女なら必ず動いてくれると確信していた。
小鬼を監視していた冒険者と合流し、高台から様子を見ると、森にひしめく大群が確認出来た。
「…いつ始まってもおかしく無いぞ」
「ええ。急ぎましょう」
そして集まった冒険者達の前に、持って来た香炉を広げる。
「一つずつ取って下さい」
「…香なんてどうするんだ?」
「その中に、《《コイツ》》を混ぜます」
別の袋に入れていたのは、ウルの毛だ。
それを見て、冒険者達も自分の意図に気付いた様子だった。
「小鬼を誘導しようってのか?」
「いいえ。別の方です。頼んでいた件ですけど…」
ヒルを見て尋ねると、彼は苦笑した。
「ああ。森の中、数カ所に狼の毛をばら撒いてある」
突拍子もないお願いを、しっかりと実行してくれたことに感謝するしかない。
「だが、上手く囲い込めているかだ。早く教えてくれりゃ良かったのに…」
ヒルは全てを悟ったように言う。確かに彼に相談していれば、もっと上手いやり方があったかもしれない。だが、全ては王女の決断次第だった。
「じゃ、気合入れて探すか!黒羊を」
「はい。お願いします。こっちは、もう一つの準備を…」
「分かった。急ぐぞ!お姫様たちが来ちまう前に」
集合する頃合いを確認し、各々《おのおの》は森に消えて行った。
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シンとウル、そして例の少年を連れて峡谷を見下ろせる崖へと急ぐ。背負った荷物はそれなりの重量があり、かなりきつい道のりだった。
「思ったよりしんどいぜ。なぁ、兄貴…」
「お前、何をしようとしてるんだ?」
「おい!俺が先に話してんだ!」
「…関係あるか?ガキが」
「あぁ!?」
歳の近い二人は、ちょっとしたことで絶えず言い争っていた。
「…仲が良いんだな」
「「どこが!!」」
息が合った二人を引き連れて、目的の場所に到着した。
背中の荷物を下ろすと、ガチャガチャとすごい音が鳴る。金属の壺にガラクタを入れた簡単な仕掛けの物だ。大小問わず、それなりの数が袋の中に入っている。
「兄貴。こんなもん、何に使うんだよ?」
「全くだ。お前、小鬼と戦うんじゃないのか?遊びに付き合っている時間はないぞ」
いつの間にか、同じように文句を言う二人。
やはり仲が良いようだ。
「二人とも、木登りは得意か?」
少しの間、顔を見合わせる二人。
「当たり前だ!!」
「コイツに出来て、出来ないはずない!!」
二人ともムキになって争う。そうしているうちに、崖の下ではアリサの軍勢が布陣し始めているのが見えた。
「お前!本当に妹は助かるんだろうな?」
少年がコチラを睨みつけるのを、真っ直ぐに見つめ返しながら、目の前の二人の肩に手を置いた。
「ああ。お前たちが鍵だ」
そして、二人に作戦を伝えた。
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アリサ達の布陣が終わる前に、再び冒険者達と合流する。
「どうでしたか?」
「ああ、バッチリだ!いい所に数百頭の群れで留まっていやがる」
黒羊の群れは、思惑通りに山間に留まって居てくれたようだ。
「これから、全員で彼らを追い立てましょう」
「見張りはもういいのか?」
「必要ありません」
小鬼は、間もなく暴走を始めるはずだ。
そうなる前に、準備を整えなくてはならない。
「黒羊を囲い込んで、徐々に追い立てていきましょう。タイミングがこの作戦の鍵です」
「ああ。分かってる」
冒険者たちに狼の毛とお香を渡し、香炉に詰め込む。
そして最後に、ずっと足元に付いてきていたウルを撫でまわした。
「よし。お前が頼りだぞ」
ブンブンと尻尾を振りながら、しっかりとコチラを見つめる狼は、任せろ!と言わんばかりだった。
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冒険者たちは黒羊の群れの周りに散らばると、三方から徐々に間隔を狭めるようにゆっくりと追い立てていく。口の開いた袋を窄ませるように、ゆっくりと。
ウルの毛を含んだお香の効き目は絶大だった。黒羊たちは周囲の物音と捕食者の気配に、袋の口の方へと逃れて行く。
すると、遠くから地響きの音が聞こえはじめた。
ついに、小鬼の暴走が始まったのだ。
それまで順調だった誘導も、その地響きを恐れて足が止まってしまう。
そのとき、群れに向かってウルが勢いよく走り出した。それまで気配だけで押し出されていた黒羊は、本物の狂狼の登場に堰を切ったように逃げ惑う。
ウルは群れの周りを走り回って的確に目的の場所へと誘導して行き、そして、峡谷へと続く崖へと追い立てていった。
黒羊の群れが、あまり崖に近づき過ぎないようにウルを引かせる。あまり追い詰め過ぎると、黒羊は自分たちの方へと突撃してきてしまうからだ。じっと黒羊の群れと対峙していたとき、崖の下についに小鬼の群れが到達した。
その瞬間、木の上から黒羊の群れの中に香炉や金属の壺が投げ込まれる。それに合わせてウルを放ち、一気に群れへと襲いかからせた。音と匂い、それに足元を走り回る狼に黒羊たちは大混乱となった。
崖の縁で暴れまわった結果、ついに黒羊の群れは崖を一気に駆け下りて行き、小鬼の群れに突撃したのだった。
そこから先は、上から見渡す限りあまりに悲惨な光景だった。
為す術なく谷底に落ちていく小鬼とその断末魔は、地獄と言って差し支えなかった。
その様子を見ていた者達は、一様に黙り込んでしまうのだった。
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数を減らし、暴走を止めて山へと逃げていく小鬼たち。北方の問題は、ひと先ず収束に向かって行くだろう。
だが、もう一つ解決する問題が残っている。
「こっちの方は済んだ。今度はお前の番だ。案内してくれ」
「…お前じゃない。…コルトだ」
妹を助ける為に従って来た少年、コルトに案内を頼み、今度は彼の村に向うのだった。




