第22話 変調
救護所に駆け付けると、少年がナイフを軍医の首元に押し当てていた。
その周りを、集まってきた兵士たちが取り囲む。
「おい、止めろ!」
「黙れぇ!俺には、時間が無いんだ!奪った物を返せ!」
少年が地図を探しているのは明白だった。彼の持っていた布切れを片手に掲げる。
「これのことか?」
「…そうだ。おい、そこの女!そいつを受け取って、こっちに来い」
少年は、隣にいたアリサに地図を持ってくるように指示すると、辺りの兵士は騒然となった。
そんな状況の中、アリサはすっと集団の前に出る。
「お嬢!」
「いいの。ねぇ、その人を離してくれない?大事な人なの」
アリサは地図を受け取ると、少年の方へ一歩ずつ近づいて行く。
「…お前次第だ。さぁ、大人しくこっちに…」
アリサが少年まで数歩の距離まで近づいた時、突然、黒い塊が少年に飛びかかった。
「な、なんだ!?コイツ!!」
グルルルルと唸り声を上げながら、ウルが少年の腕に噛みついている。
それを払いのけようと、少年が人質から手を離した瞬間、何かが物凄い勢いで空を切り裂き、少年の眉間を直撃した。
意識を失った少年はその場に崩れ落ちる。その脇には鏃が丸く加工された矢が転がっていた。
「うぇぇ。やっぱ、容赦ねぇなぁ」
シンに嫌味を言われながら、弓を携えたシャルが姿を現す。
「…何?その子」
意識を失いながら拘束された少年を横目に、こちらに注目が集まる。
その後、経緯の説明と部外者を連れ込んだお説教が待ち受けていたのだった。
※※※※※※※※※※
日が暮れた頃、人も疎らな冒険者ギルドに、ヒルたち冒険者と集まり、北部の状況を共有することになった。
「どうでしたか、外の様子は?」
「まだ、小鬼と遭遇した者はいない」
「もう少し北の方にいるのかもな。探索範囲を広げてみるか?」
「そうね。それにしても、凄い効き目だったわね。これ」
女冒険者の持っているものは、ウルの産毛だ。
換毛期なのか、大量に抜け落ちる毛は、放っておくと軍馬が怖がってしまい、そのままにしておくわけにいかなかった。そんな厄介な代物を、冒険者が欲しがったのだ。
「ああ、コイツを持っていると魔物や獣が避けて行く。黒羊の奴なんて、群れでいなくなっちまった」
狂狼とこの辺りの魔物では、格が違うらしく、気配を感じただけで相手は逃げ出してしまうらしい。その特性を利用した、一種のお守りだ。
「その黒羊って、どんな魔物なんですか?」
ギルドの受付さんからは、北部特有の魔物としか聞いていない。確か山脈の住処を小鬼に追われて来たのではと言っていたが。
「見た目は黒くて、四つの目に軽く曲がった角が特徴だな。警戒心が強くて、群居性が高い魔物だ」
「一匹捕まえるより、百匹捕まえた方が楽って言われてるの。ランクはそんなに高くないわ」
「ああ。だが、アイツらの集団突撃をくらったら、ひとたまりもないけどな」
それぞれの状況報告が一段落すると、ヒルが机の上に布を広げ始めた。それは、暴れた少年が持っていた地図に、ヒルが探索した情報が追加されたものだった。
「一通りつかめた。地形や位置関係が少し違うかもしれんが…」
「あの家の形は、やっぱり村でしたか」
「ああ。例の印の付いた村までは行けなかったが、最寄りの村で物騒な噂を聞いた」
「噂?」
「生け贄の地、と」
だとすれば、恐らく少年の目的はハッキリする。
しかし、それよりも先に確かめなければならないことがあった。
「明日なんですが、俺も探索に出ていいですか?」
「お前がかぁ?面倒は見れんぞ」
「良いんじゃない?それに、狂狼を連れてけば、危険は少ないだろうし」
それから冒険者達は、それぞれが持ち寄った情報を地図に加えていくのだった。
※※※※※※※※※※
翌朝、ウルを連れて北部の探索に向かう。
アリサから借り受けた軍服から、革鎧の姿に着替えて、森の中に分け入った。
「大丈夫?山の獣道は、慣れないとキツいから」
「…大丈夫です」
こちらを心配してくれているのは、昨晩、ガイド役と護衛を買って出てくれた女性冒険者。彼女の先導で山道を進む。ヒルやその他の冒険者達は、昨日よりもっと北を探索しに行っている。
それにしても、強がってはみたものの、息一つ乱さずに進む冒険者と違い、彼女の背中を追っていくのが精一杯で、周りに気を配る余裕が無い。ただの山登りだけで、実力の違いを見せつけられてしまう。
しばらく進み、小高い山の頂上から辺りを見渡せるようになると、ポケットから昨晩作った地図を取り出す。
正確な測量も出来ないながらに作られた地図は、多少の誤差はあるものの、的確に地形を押さえている。
「…あそこか」
「何かあるの?」
「小鬼って、何で釣れると思いますか?」
唐突な質問に、女冒険者は少し眉をひそめたが、苦笑しながら質問に答えてくれた。
「フッ、簡単よ。アイツらが私を連れて行きたがらなかった理由よ」
※※※※※※※※※※
山脈の麓付近の森を見渡せる高台に、ヒルたち冒険者は身を伏せて隠れていた。
「…見つけたな」
「ああ。だが、こりゃヤバいぞ」
小鬼の群れは、既に相当な数になっていた。森を埋め尽くそうかという勢いで、いつ、暴走が始まってもおかしくないような状況だった。
「とりあえず見張りを置いて、順次交代だ」
「ああ、絶対に女は近づけるなよ。一旦、始まっちまったら手が着けられん」
ここに集まったゴブリンの多くは発情期を迎えており、女の匂いを敏感に察知する。
暴走の引き金になりかねないことは、極力避けなければならない。
「それから、アイツから頼まれた例の件だが…」
「…そいつも頼む。絶対に何かある」
ヒサヤから頼まれた依頼は、実に奇妙なものだったが、ヒルは少年の目を信じることにするのだった。




