第16話 自分に出来ること
一人残され、いつまでも途方に暮れている訳にもいかず、今は宮殿の中を歩いていた。
命を掛ける覚悟を問われて、自分は答えることが出来なかった。
辺境の少女の記憶が蘇える。自分の無力さをまざまざと思い知らされた、あの記憶が。
あの一件から、人と距離を置くことにした。
大切な人たちが、目の前で失われてしまうのが辛いから。
逃げているのは、自分でも分かっている。
しかし、人はあまりにも簡単に居なくなってしまう。
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やがて、視界に綺麗な中庭が見えた。
中庭にあったベンチに腰掛け、何度目かの深いため息をついた後、心労からかウトウトと目をつぶってしまう。
そこには、一人の少女が立っていた。
「ステラ、どうして…」
「ヒサヤ、迷ってるの?」
こちらの質問を無視して、目の前の少女は問う。そう、これは夢だ…。
「…あぁ。たとえ俺が命を掛けて、何が出来る?」
剣の腕が良いわけでもなく、魔法が使えるわけでもない。君を助けられなかった、無力な自分が。
「ヒサヤは、あのお姉ちゃんが嫌いなの?」
「…お節介なくらい無遠慮で、そのくせ、他人に一番気を遣う、不器用なヤツだ。
嫌いなはず、ないだろ…」
「なら、きっと大丈夫…」
そう、言って少女は光の中に消えていく。
眩しい光に目を細めて、再び目蓋を開くと
「…ここで、何をしているの?」
しばらく姿を見ていなかったエルフが、目の前に立っていた。
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「シャルこそ、アリサに付いていなくて良いのか?」
いつも、彼女はアリサの側で周囲に目を配っている。そこかしこに敵がいるこの状況が、彼女の必要性を際立たせる。
だが、肝心の王都で彼女はなぜか姿を潜め、王宮にも付いてこなかった。
「王都は自然が少なすぎる。私には息苦しいの。アリサはどうしたの?」
「…俺は、もう必要ないんだそうだ」
「そう、無理してるのね。お互い」
意外にも自分をも憐れむ言葉を口にする彼女に、思わず反論してしまう。
「お、俺は、別に…」
「あの子には、あなたが必要」
シャルは迷いなく断言した。
「それに、あなたも後悔しているのでしょう?」
「…」
「あの子は、人に甘えるのが下手。そして、あなたも、人と関わるのを恐れている」
図星を突かれ、返す言葉が見つからない。
「…意外だな。俺が嫌いなんじゃないのか?」
「…警戒していただけ。あなた、別の世界から来たのでしょ」
「知ってたのか!?」
自分が異世界から来たことを指摘されて、思わず大きな声を出してしまう。しかし、彼女は小さく首を横に振った。
「知らない。でも、森人も人と交わりを断って、森の中で別の世界に生きているようなもの。似ていたから…」
それは、かつての彼女のことだろうか。人の地で一人生きる彼女が、自身の境遇を重ねているようだった。
「いい、あの子には、あなたが必要」
再び、アリサに自分が必要だと言うシャル。
「どうして、そう断言出来るんだ。彼女の周りにだって、頼れる人がたくさん居るだろ?」
「以前ならそうかもしれない。でも、今は状況が違う」
何かの変化があったのか、思い当たることが一つあった。
「…聖霊か。考え過ぎだろ?アリサの周りをウロチョロしてるだけだぞ?」
「周囲はそう思わない。聖霊は、この国では姿の見える神。それに、平気なのはあなただけ。…見て」
彼女が袖をめくった腕は、赤く爛れたように痛々しいものだった。
「…エルフには少し耐性があるの。それでも、アリサの近くに居るだけでこうなってしまう。人は聖霊に近づけないはずなの。でも、あなたは違う」
野営地の林で出会ったときのアリサの驚きようが、理解できた気がする。
「アリサはとても強い子。でも同時に、とても脆い。側で支えてあげる者が必要」
「そんな、それが俺だって…」
「あなたは、なぜ異世界に来たの?」
夢を見た。とても嫌な夢だった。
その中で、少女がいつも泣いていた。
何も出来ない自分が腹立たしくはなかったか。
少女を支えてやりたいと、願ったのではなかったか。
無気力だった自分の手に、再び力が宿る。
「アリサは光を進む子。なら、誰かが影を請け負って支えてあげなければ…」
小さい声で「頑張って」と言うと、シャルは中庭から去って行った。
また一人残されてしまったが、今度は心持ちが違う。再び固く握った拳とともに、自分の心は固まった。




