第15話 覚悟
アリサは王宮から戻ると、自室に閉じこもってしまった。
「まさか、あんなに露骨に対立してるなんて…」
「あの子は元々、謀略の類や人と争うことを好みませんから…。あの子の魅力ですが、欠点でもあります」
心配そうにしながらも、部屋を後にするエマを追う。そもそも、自分には知らないことが多すぎた。
「あなたも、もう休んだらどうですか?」
「いや、大丈夫です。それより、北の地で何をするんですか?」
自分からの質問にエマは歩みを止めた。
「…そうですね。あなたには、少し話しておいた方が良いでしょう」
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エマに先導されて広間へ向かうと、そこで彼女は先ほどの質問に答えてくれた。
「…アリサが命じられたのは、簡単に言えば小鬼の討伐です」
「ゴブリン?」
ファンタジー小説で有名な魔物の名前には、聞き覚えがあった。彼らは、大抵の物語で弱い部類の魔物として登場していたと思う。
「小鬼は、単体ではそれほどの脅威になりません。ですが、数十年に一度、北の森で大規模な暴走が起こります。この事態の収拾が、王の命令です」
エマの表情が少し強張っているのが気になったが、弱い魔物の討伐を行うと聞いて安堵する。
「でも、戦争が始まるって…」
「それは隣国の話しです。王は、そこでテミッド王子に武勲を立てさせたいようですが…」
「武勲?戦争だって言うのに、みんな、なんであんなに興奮しているんですか?」
彼女は、目を伏せて小さくため息をつく。
「帝国の侵攻は珍しくありません。数年毎に小規模な小競り合いを繰り返し、その都度、ゴンドに退けられています。
…勝てる戦と、思っているのでしょう」
なるほど、勝ちやすい戦いに第一王子を連れ、国内の厄介事をアリサに押し付けている感じか。だが、もう一つ気になることがあった。
「あの、第二王子は?」
「ノルド王子には、軍の指揮権が与えられていないの。王がお決めになられたのだけれど…」
それでアリサに嫉妬心を剥き出しにしているのか。確かにプライドを傷付けられて我慢できるような人物には見えなかった。
「このぐらいにしておきましょう。明日には、アリサも落ち着いているでしょうから…」
そう言うと、エマは自室に戻って行った。
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「…ごめんなさい、ここまで付き合わせて」
翌日、自室から出てきたアリサは自分を呼びつけるなり、こんなことを言い出した。
「…なんだって?」
「あなたは、ここまでと言ったの」
目の前にいるアリサは、いつもの彼女ではなかった。それは、王宮のときに見た感情を殺した彼女の顔だった。
自分の目を見ようともせず、一方的な態度が頭に血を上らせる。
「ふ、ふざけんな!お前が、わがままに付き合えって言ったんだろ!」
「…、話は終わりです」
取り付く島もなく、彼女はその場を去っていった。
「…やはり、こうなりましたか」
「やっぱり?」
近くで見ていたエマを思わず睨みつけるが、彼女は気にせずに話を続ける。
「あの子は、あなたを危険なところに連れて行きたくないんです。命の保証が出来ませんから…」
「命?どういうことですか?」
昨日、あまり脅威ではないと言っていた魔物の討伐。多少の危険はあるだろうが、足手まといになるつもりはない。それが、どういうことなのか。
「昨日も話しましたが、小鬼単体なら問題ありません。規模が問題なのです」
「どのくらいなんですか?」
「以前の記録では、数千から一万と言われています」
「い、一万!?」
予想と桁が違っていたことに、思わず声をあげる。
「あなたは小鬼を見たことが無いかもしれませんが、あれは決して非力と侮って良い相手ではありません。それが大規模な群れとなれば、一国の軍隊と相違ありません」
昨日、安堵した自分が馬鹿らしい。こちらも立派な戦争という訳だ。
「加えて、今回はエルドへの派兵が重なり、我々だけで対処しなければなりません」
「…アリサの兵力は?」
「エルド派兵の後方支援や各都市の警備などで、北に向かえるのは多くても二千弱…」
兵力差は五倍以上。下手をすれば全滅する可能性すらある。そうか、王の命令は…
「王は、北の地でアリサを殺すつもりですか」
「…」
エマの沈黙が、肯定を意味していると分かる。
「ヒサヤ。あなたは、あの子に命を預ける覚悟はありますか?」
真剣な眼差しでエマが問うが、すぐに答えることが出来なかった。
それを見たエマは、ゆっくりと背を向けた。
「…残念ですが、今のあなたを連れて行くわけには行きません」
そう言うと、エマも自分を置いて部屋を出ていってしまった。
一人残された自分がとても情けなくて、強く握った拳を開くことが出来なかった。




