第14話 偽物
「案外、様になっているじゃないですか」
「そうですか?」
慣れない服に袖を通した自分に、エマが話しかける。
王都での活動のためにと、兵士の礼装をアリサが用意してくれていた。折襟の服は、この世界に来た時の制服に似ている。制服は、あの村で燃えてしまったはずだが。
そんな会話の一方で、アリサは目を伏せて一切の感情を表に出すことなく王宮の廊下を進んで行く。
王宮に来るのに際し、彼女からは周囲に何を言われ、何をされても静観するよう厳命された。
そんなアリサのところに、派手な神官服の男が近寄ってくる。
「アリサ王女、相変わらずお美しいですな」
「神官長様、恐れ入ります…」
お互いの言葉には一切の感情が込もっておらず、社交辞令だと分かる。
「アリサ様、聖霊に選ばれた貴女こそ、次の王位に相応しいと私どもは確信しております。微力ながら手前ども、是非ともお力添えさせていただきたく…」
「何を話しているんだ?」
神官長の言葉を遮り、派手な服で着飾った小太りの男がこちらに近寄ってきた。
「ノルド王子…」
「はぁ、アリサ。お前が醜悪な匂いを発しているせいで、虫が寄ってきておるではないか」
そう言って、神官長を小太りの王子が睨みつけると神官長は足早にその場を去って行った。
「ふん、政略結婚の道具にしかならないと思って放っておけば、思い上がったものだなぁ」
「…申しわけございません」
横柄な態度の王子に対して、アリサは深々と頭を下げる。
興が削がれたのか、小さく舌打ちした王子の目が急にこちらを捉えた。
「あそこに居る黒髪のは、お前の従者か?」
「…はい」
「丁度よい。薄汚いお前のその黒髪が、実に不愉快だったんだ。お前の代わりに、その者の首を刎ねてやろう」
そうして王子がこちらに向けて剣を抜いたのを見たアリサは、咄嗟に声をあげた。
「お止め下さい!ノルド兄様!」
ハッと、アリサが口を手で覆う。
「嘆かわしいことだ。こんな汚らわしい出来損ないに、兄などと呼ばれねばならんとは。実に、不愉快だ!」
そして王子が剣を振り上げ、こちらに切りかかって来ようとしたとき。頭の上に慣れた重みが現れたのを感じる。
「な、なんで、そいつが」
驚愕と狼狽で後退りした王子が見る視線の先には、ちょこんと聖霊が座っていた。
「何の騒ぎだ?」
騒ぎを耳にしてか、老人たちを従えた男がその場に現れる。男は状況を見ると、呆れた声で言った。
「ノルド、宮中で抜剣とは…」
「う、うるさい!テミッド、少し早く生まれた程度で、俺に指図するな!!」
アリサの二人の兄、第一王子テミッドと第二王子ノルド。テミッドはノルドの文句を軽く受け流すとアリサの方へ歩み寄る。
「アリサ、壮健そうだな」
「テミッド兄様、ご無沙汰いたしております」
軽く挨拶をすると、テミッドはこちらに視線を向ける。
「あの者は?」
「…私の従者でございます」
こちらを見て、落胆したような仕草をするテミッド。
「聖霊に憑かれるとは珍しいが、ここは高貴な場。得体のしれない卑しい身分の者は、あまりこの場に相応しくない」
「…申しわけございません」
「父の不始末とはいえ、そなたの母君のことから勘違いを…。いや、失言だったな許せ」
そう言い、テミッドは取り巻きの者たちと一緒にその場を離れて行った。
完全に蚊帳の外に置かれていたノルドが、それを見て息巻く。聖霊の方を一度見て
「いいか、アリサ!お前はただ、そいつに選ばれただけだ!本来、この場に居ることすらおこがましい…」
剣を収め、第一王子を追うようにその場を後にしようとしたノルドは、去り際にアリサに囁く。
「この、偽物め…」
アリサはそれを聞いても表情を変えることなく、深々と頭を下げて兄たちを見送っていた。
※※※※※※※※※※
謁見の間に移動すると、今までに見たことのないほど豪勢な装飾が施された広い部屋に通された。
本来ならば入ることすら許されないらしいが、アリサの従者と言うことで、部屋の一番隅に立っていることが許された。
アリサは部屋の中央に二人の王子と共に立ち、一緒に来たエマは騎士たちが立ち並んだ列にいる。
やがて上座に据えられた豪華な椅子に王が現れると、部屋の者が一斉に立膝をついて頭を下げた。
自分も周囲の動作に合わせて同じ格好をとる。
日本人特有の集団心理が働いたのが、この場では功を奏した。
「皆。知っての通り隣国ゴンド王国に対し、帝国が宣戦を布告した。今は国境で小競り合いをしておるが、大規模な侵攻も時間の問題だ」
戦争が始まると言う王様の言葉に、全く実感が持てない。しかし、部屋に高揚感が満たされてくるのが伝わって来る。
「三王の盟に従い、ゴンドへの援軍を送る。私の直轄軍に加えて、テミッドの第一軍。即刻、出陣の準備を命じる」
王が宣言すると同時に、部屋の熱狂は最高潮に達していた。興奮に体を震わせる者や、涙を流している者さえいる。
そんな雰囲気が、自分には理解出来ない。
この空気に馴染めずにアリサの方を見ると、彼女はただ顔を伏せているだけだった。
周囲の興奮が静まるのを待ち、王は話を続ける。
「だが北の地にて、かねてより懸案だった兆候が確認された。アリサよ」
「…はい」
「そなたの第二軍で対処せよ」
王の指示に、アリサはただ頭を下げ応じる。
この日、王国内全土に戦いの準備が命じられた。




