第13話 エルド王国
エルド王国はアルモニア半島の中央にある国だ。
北には大山脈、南に雄大な大森林をたたえ、西に軍事大国ゴンド王国、東に海洋国家バラク王国が存在している。
そんなアルモニア半島の西には、圧倒的な力を誇る帝国ロメルがあり、軍事力を背景に勢力を伸ばし続けていた。
帝国の脅威に対抗するため、ゴンド、エルド、バラクの三国は同盟を結成。三王同盟にて、これに対抗していた。
帝国に隣接するゴンドは、直接の脅威に対抗するため軍事力を強化。世界一と呼ばれる騎馬兵力を有していた。一方、東のバラクは海に接しており、海上貿易などで経済を発展させ豊かさを謳歌している。
そんな両国とバランスを取りながら微妙な均衡を保っているエルドには、神から聖霊が遣わさるとされ、その信仰を礎として国家を築いてきた。
具現化した聖霊は代々エルド王家に手厚く保護され、その宣託は王家の中でも特に聖霊の加護を強く受けたものに与えられるとされている。
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「で、お前もお嬢に絆された口か?」
「…そんなんじゃない」
ニヤついた顔で尋ねるデルトから顔を背け、素っ気なく答える。
「それにしちゃ、急に国のことを教えてくれってよ」
「…必要だろ、これから」
「でもよ、それだったらシャルにでも聞けばいいじゃねぇか。同じ側付きだろ?」
「それができれば、苦労しない」
王女の側仕えに任命されて数日、自分を連れ回すアリサとは対象的に、シャルからは露骨に敬遠され、警戒し続けられている。
「まぁ、アイツみたいなのも必要なのさ。敵は外だけとは限らねえからな…」
デルトの言葉に眉をひそめる。彼は、小声で王国の内情を話してくれた。
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聖霊の顕現は数十年から数百年に一度。滅多にあるものではないらしい。
その聖霊が突如姿を現したのが数年前。
聖霊は王家の者から力あるものを選ぶ。自らが導くに相応しい相手を。
そして、選ばれたのはアリサだった。それが王家の力関係を変えた。
彼女には二人の兄がいる。
兄たちは幼い頃から王位継承の権力争いに巻き込まれ、議会、貴族の思惑に踊らされながら育った。
末っ子の王女には無縁だった争い。それが、聖霊に選ばれたことで、彼女の立場を一変させたのだった。
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ある日、届けられた書簡に目を通したアリサは、少し疲れた様子で小さくため息をついた。
「どうかしたのか?」
「お父様から。王都に戻ってこいと…」
滅多に見せない沈んだ表情の彼女。
「アリサ、あなたは本来、王宮にいる立場。王のご命令ならば従わなくては」
「大丈夫、行くよ。私」
シャルに向けて気丈に答えた彼女は、どこかいつもと違って覇気が感じられない。
「それに、あの刻限が近い。そろそろ準備を始めないと。シャル、デルトリクスに準備をお願いしておいて」
アリサの言う刻限が何のことか分からず、会話に入って行けずにいると、不意に彼女が近寄って来た。
「あなたは、私と一緒に王都に来て」
そう言うと、彼女は部屋を出て行く。
最後に見た彼女の目は、自分に不安を訴えかけているようだった。
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到着した場所は、まるでヨーロッパの観光名所に来たかのように美しかった。
高い城壁はその圧倒的な存在感に気圧されるようで、城門を潜るとお城を中心とした広大な石造りの城塞都市が広がっていた。
王都セントヴィエラ。
これまで村や野営地しか見てこなかった自分にとって、久しぶりに感じる街の雰囲気が懐かしい。
通りには商店が軒を連ね、屋台や行商人たちがいろんなところで商売をしていて活気が溢れている。
「どうですか、王都は?」
そう女性騎士が問いかけて来た。アリサの側近でエマと言う女性だ。
「活気があって、美しいところですね」
「そうですね。ただ、ここでは気を緩めないようにして下さい。周りには常に目と耳があると思って用心を」
「…分かりました」
美しいが、実に息苦しいところだ。アリサの憂いが少し分かる気がする。
「まずは、あの子の宮殿に行きましょう」
アリサ達は一足先に王都に着いている。乗馬が不慣れな自分に、エマが付き添ってくれたのだ。
ちなみにウルはエルドに預けてきた。子供とはいえ、流石に魔物を街に連れてくるわけに行かなかった。
エマに続いて街を進んでいると、至る所に黒い羽のマークがあることに気付く。このマークには見覚えがあった。
「あれって、アリサの旗印じゃ?」
「そうです。あの子は以前から郊外地区の援助をしているんです。孤児院、診療所、学校。王都の中心部以外は、それほど裕福と言う訳ではありませんから…」
そんな会話をしていると、不意に人だかりが出来ているのに気付いた。
「薄汚いガキが!我々、憲兵に気安く触れおって!」
見れば一人の少年が胸ぐらを掴まれ、数人の兵士に囲まれている。
「まぁ、待て。おい、ガキ、片腕を出せ。剣を新調してな。その腕で試してやる」
憲兵と名乗る一人が剣を抜くと、周囲の人々がざわめく。それを見て、自分は少し強く馬の腹を蹴り出した。
馬が驚き、その場で大きく仰け反るのを必死にしがみついて耐える。
「な、なんだ。あの馬鹿は?」
憲兵たちが一斉にこちらを向いた瞬間、手綱を引いて勢いよく集団に突っ込む。
「あいつ、突っ込んでくるぞ!!」
憲兵たちが慌てて飛び退いた隙を見て、少年は逃げていった。
悔しがり、罵声を浴びせる憲兵たちを尻目に、馬の勢いに任せて一気にその場を後にした。
馬を止められずに、死ぬ思いを味わったのは後の話しだ。
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「まったく、無茶をしますね。注意して下さいと言ったはずですが…」
追いついたエマに助けられ、再びアリサの宮殿へと向かう。
「…すいませんでした」
「憲兵は、第二王子の私兵のようなもの。不興を買えば、危険なのはアリサです」
肩を落とす自分に、彼女はですが、と続ける。
「あなたの行ったことは正しい。後先を考えないところといい、あの子が側に置きたがるのが分かる気がします」
そう言い、彼女は優しく微笑みかけてくれた。
そうしてしばらく進み、王宮の手前の区画でエマは馬を止めた。
「ここです」
「え、ここですか?何か、こう…」
着いたのは質素な造りの宮殿だった。途中で通ってきた貴族や商人の屋敷の方が、よほど華やかだった気がする。
「あの子は、あまり贅沢を好まないのです。さぁ、入りましょう」
そうして宮殿に入っていく姿を見ている人物に、その時は気付かなかった。
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「エマ、着いたのね」
「ええ、少し遅くなりました」
宮殿に入るとシャルが出迎えてくれた。
「…あなたも、無事だったのね」
シャルはこちらを一瞥し、余計なことはしないでと言って、すっと屋敷の中に戻って行った。
「シャルは相変わらずですね。アリサは奥の間にいるはずですよ」
エマと二人で屋敷の奥に進むと、身支度を整えたアリサが待っていた。
「…」
「あ、二人とも着いたのね。ん?どうかした?」
普段の鎧姿と違い、綺麗な黒髪を整えてドレスに身を包んだ彼女はとんでもなく美しかった。
もしかして見とれてるの?と、いたずらっぽく笑う彼女の言う通り、正直、言葉が出なかった。
「アリサ、用意は出来たの?」
エマが尋ねると、これまで笑顔を見せていた彼女の顔が引き締まり表情が消える。
「ええ、そろそろ参りましょう。王宮へ」
彼女の緊張が、これから向かう場所の難しさを伝えてきた。




