第9話 失ったもの
燃え落ちる村の中を、必死で駆け抜ける。
「ステラー!!」
大声で叫ぶが、彼女からの返事はない。
「嬢ちゃん、生きてりゃ良いが…」
隣で元冒険者が呟く。
見渡した限り、彼女の姿は村の中には無かった。そう、倒れた村人達の中にも。
「ステラー!!返事しろ!!」
今は、村外れの川原まで来ている。ここは、以前に彼女と水汲みをした場所だった。
不意に水汲み場の桟橋が視界に止まる。
桟橋に駆け寄り、先端の橋脚へ視線を落とすと、必死に柱に掴まる彼女の姿があった。
「ステラ!!」
「ヒ…、ヒサヤ?」
顔をあげ、小声で返事をする彼女に手を伸ばす。随分長い時間水に浸かっていたのか、彼女は凍えて震えていた。
彼女を抱き上げるように、桟橋の上へ引き上げる。
「ヒサヤ、村が…」
「…あぁ、分かってる」
そう言いながら、ずぶ濡れの彼女を抱き寄せると、緊張が和らいだ彼女は胸の中で泣き始めてしまった。
泣いている彼女の確かな温かさに安堵し、しばらくの間その場を動くことが出来なかった。
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「…取り合えず、村から出よう」
コクンと頷いて答えた彼女を背負い村の入口に向かう。
粗方燃えてしまったのか、村の炎の勢いは大分収まって来ていた。
瓦礫に注意しながら村の入口まで進むと、そこには見覚えのある男が上機嫌に高笑いをしていた。
「あぁ?あぁ、テメェかぁ。死に損ない。
てことは、後ろに隠れてんのは、あの可愛ぃ子ちゃんかぁ?」
男はこちらの姿を見ると、不敵な薄笑いで近づいてくる。
あっという間に目の前まで迫ると男は耳元で囁いた。
「…目障りなんだよ」
そう声が聞こえるのと同時、男はいつの間にか握っていたダガーを勢いよく突き立ててきた。
一切の躊躇なく突き出されたダガーが自分の体に迫ったとき、不意にバランスを崩す。
しっかり抱きついていたステラが、力一杯に自分を引っ張ったのだった。
しかし、こちらを思いきり引いた反動で、彼女の体は入れ替わるようにダガーの前に躍り出てしまった。
直後、ダガーはその勢いを衰えさせることなく、彼女の体を貫いていた。
「ス、ステラァ!!」
大声で名前を叫びながら、その場に崩れ落ちる彼女を抱き止める。
「あぁ~ぁ、勿体ねぇ」
本当につまらなそうに、呟いた薄笑いの男は、引き抜いたダガーを再びこちらに向ける。
「一人じゃ寂しいだろうからよ…。こいつも、一緒に送ってやるよ」
男が再びダガーを突きだそうとした時、凄まじい勢いで振るわれた剣に男は後ろに飛び退いた。
「…散々、好き勝手しやがって。ど阿呆が!」
剣を構えた元冒険者が、凄まじい怒気を放っていた。
「冒険者風情がぁぁ!邪魔しやがってぇぇ!」
玩具を取り上げられた子供のように、男が喚く。そんな男の後ろから、数人の男達が現れる。
「イース様。敵がこちらに向かっております。お引き下さい」
背の高い色白の男が、薄笑いの男に語りかける。
「チッ、ウ~ダ~リ!今、いいとこなんだからよぉ。邪魔すんじゃねぇよ!!」
「…我々の目的は別にあります。
お聞きいただけないなら、遺憾ながら、ご報告させて頂かざるを得ませんが…」
イースと呼ばれた薄笑いの男は、チッ。と、大きく舌打ちした直後、忽然と姿を消した。
※※※※※※※※※※
抱き抱えたステラに、必死に呼び掛け続けていた。
「ステラ、大丈夫だ、ステラ!!」
貫かれた腹部からは大量の出血が続き、止めどなく流れる血を止めようと、布で必死に押さえつける。
体育の応急処置程度しか知らない自分では、そんな方法ぐらいしか彼女に出来ることが無かった。
無我夢中で傷口を押さえていると、遠くから馬が駆け寄ってくるのが見える。元冒険者がこちらに駆け寄るのを止め、向かってくる相手に剣を構えた。
「待って!敵じゃない!」
「…どうだか。ん?あ、あんた」
どうやら少女らしい声が、敵意を否定する。元冒険者は始め警戒していたが、何かに気付くと剣を納めた。
そんな一連のやり取りも、今の自分には関係がなかった。血が止まらず、段々と呼吸が浅くなっていくステラに必死だった。
―自分の無力さに、自然と涙が出てくる。
そうしていると馬から少女が降り、こちらに近づいてくる。
スッと傍らに膝をついた彼女は、自分の手をそっと退けると、ステラの腹部を一通り見回した。
―誰でもいい。彼女を助けてくれるなら。
そう必死な願いを込めて見つめていた自分に、しかし、少女は静かに小さく首を横に振った。
残念だけど。と、小さく漏らした声を、まるで脱け殻のように立ち尽くした自分がぼんやりと聞く。
頭が真っ白になり、身動きをすることが出来ずに止血に使っていた布が手からポトリと地面に落ちた。
そんな様子を見た少女が近づき、手を取る。
「…この子、何か伝えようとしてる。…聞いてあげて」
そう言われてヨロヨロとステラの横に連れられてきた自分は、そっと彼女の身を抱き抱えた。
元気に輝いていた彼女の目からは少しずつ光が失われ、焦点の合わない目はもう何も見えていないようだった。
「…ステラ?分かるか?」
「…ごめんね。ヒサヤァ、ごめんね…」
涙を流しながら、彼女は何度も謝ってくる。そんな彼女の涙を手で拭い、戸惑いながら彼女に答える。
「何で…、謝る?ステラは、俺を助けてくれたじゃないか?」
「…私、もう、一緒に、いられないみたい。
さびしぃ、よね。何も、分からないとこに…、…一人で、来ちゃって…」
その言葉を聞いて、心臓を握られたように胸が締め付けられる。
両親や友達。全てを置き去りにしてきた異世界で、太陽のように明るく導いてくれた彼女がいたから、孤独を感じず過ごしてこれた。
そんな大切な存在が、どうすることも出来ない自分の前で、消えようとしている。
情けなく、不甲斐なく、無力な自分が許せずに、下唇を噛んで静かに泣いた。
弱々しく息をする彼女を、ぎゅっと抱き締める。
そして、もうすでに光を失った目を、一緒にいた少女の方へ向けたステラは、彼女に語りかけた。
「…ヒサヤを…、…おねがい…」
「…はい」
ステラは安心したように微笑むと、腕の中で静かに息を引き取った。
「ス、ステラ!?
ステラァァァぁぁぁ!!!」
自分は彼女を抱き抱えたまま、出せる限りの声で叫んでいた。
※※※※※※※※※※
腕の中のステラを、そっと地面に寝かせると、剣を握りしめて立ち上がった。
「あなた!?…どうする気?」
少女の問いには答えない。
自分のやることはハッキリとしている。
大切なものを理不尽に奪っていった者を、絶対に許すことなど出来ない。
そして、歩き出そうとする自分を、少女は掴み引き留める。
「ちょっと!」
「…放せ。構うな」
自分は、怒りの感情に任せて、少女を振りほどき、威圧するように睨み付けた。
しかし、少女は怯むどころか、一層強い力で自分の腕を掴んできた。
「あなた、…死ぬ気なの?
行かせない!私は、あの子に託されたから」
再び彼女の手を力任せに振りほどこうとした時。
「おい、兄ちゃん…」
次の瞬間、いきなり現れた知らぬ騎士に、みぞおちを思い切り殴られた。
強烈な一撃に、息をすることも儘ならず、その場に倒れ込む。
真っ暗に薄れ行く意識の中、失ったものと一緒に自分も消えてしまえればと思っていた。




