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老後

作者: 赤林明

三題

・マグカップ

・無人駅

・スピーカー


作成時聞いていた曲

・ポラリスの涙


 わしの家は田園風景の美しい田舎にある。

 そう、あたりは見渡す限りの田んぼと海。

 夏は灼熱の太陽がアスファルトを焼き、冬には雪が田畑を白く染める。

 そんな町にも人の集う場所がある。

 それはこの町の駅である。

 駅舎は別段大きいわけでもなく、木造建築の今にもつぶれそうな感じである。

 しかしこれがまた夏にはいい味を出す。

 私もその味に誘われてやってきた一人のセミのようなものだろうか。

 朝は少ない町民のうち、スーツを着て出勤する若い世代が目立つ。若いといっても三十路や四十路など我々からしたらまだまだ青二才の年齢である。

 私はというと当の昔に現役を引退し、町でのんびり余生を過ごす爺さんになっておる。

 今日も朝のラッシュ後の静かな駅にわしは向かう。

 駅に行ったからといって特に何をするわけでもなく、電車を見ながら静かにコーヒーを飲むだけだ。

 前までは女房もいたが、すっかり石の下で静かになってしまった。口うるさいところと、俺にぺったりと張り付くようについてくるところだけが取り柄だったのに。

 今ではくっつくやつも居ねぇから、一歩一歩が楽なのかというとそうではない。

 あの野郎いつもぺったりくっついていたのは俺の体を陰で支えるためだったんだと死んでから気が付いたよ。

 俺は必死の思いで今日も駅を目指す。

 重い足もお前が抱きついているのかと思うと、しっかり駅まで連れて行かないといかんからなと自分を奮い立たせることもできる。全くお前というやつや死んでからもいい女だ。

 

 

 駅に着くとやはり駅は無人。

 いるのはセミやらカブトムシときたんだから、少年の自分ならばどれほどにたのしかったか。今ではただの隣人だ。

 さて、駅に着いたわしは手提げからマグカップを取り出す。一つじゃねぇぞ、二つだ。

 女房が死んだからって持ってこないような薄情な男にはなりたくないからな。しっかりと持ってきてやった。

 あとこの水筒だ。

 いつだったかな。わしが外でコーヒーが飲みたいと言ったらばあさんめ、はじめはバカの一つ覚えとか言っていたけど、つぎの日にはしっかりと水筒を買って着てやがる。

 でもそうじゃねえんだ。

 俺はお前と二人で青空の下、海風にあたりながらコーヒーが飲みたかったんだよ。それなのにお前と来たら、さあ、じいさんや、行ってらっしゃいと水筒にコーヒーを詰めて渡すもんだから俺はいつの間にか小学生に戻ったような顔で立っていると、ばあさんはしわくちゃの顔で照れながら言いやがった。

「ご一緒しましょうか」

 ああああ、かわいいったらありゃしない。

 これだからマグカップまで持ってきちまうんだよな。

 わしは駅舎の中にある木製の机にマグカップを二つ並べると、震える手でコーヒーを注いだ。

 いつもならばここでばあさんがそっと手を添えて、

「いいですよ、わたしがやりますよ」

 と言ってくれるんだが、おれはそれをいつも断っていたよな。なんでもっと素直になれんかったんかな。

 コーヒーを継ぎ終わった後はしっかりとふたを閉めてコップの横に並べる。

 前にそのまま手提げに入れたら、私がまだ飲むのに何で片付けるんですと怒られたっけ。

 それ以来コーヒーを飲むときはいつも水筒も机の上に置きっぱなしにするんだよな。

 ふぅと一息ついた後、コーヒーを口に含む。

 うん、まずい。

 わしはそこまでこだわりなんてないから、ただのインスタントコーヒーなんじゃが、どうしてこうもばあさんが入れたものと味が違うんだろうな。

 わしがうぬぬぬと首をひねらしながらコーヒーをすすると、駅舎のスピーカーが昨年死んだ駅長の声で電車の到着を知らせる。

 遠くから一両だけでわざわざ走ってくる電車が見えた。

 駅に着く、扉が開く、誰も降りずにまた発射。

 これだけのことだが、見るに飽きない。

 忘れずにこの町に着てくれる列車に涙を流す。

 ばあさんと駅長のことはわしが。

 なら、わしのことは誰が覚えててくれるんかの。

 下らんことを考えながら今日も熱いコーヒーは熱を奪われていく。


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