the family dolls
「うぎゃ」
自分でもそんな悲鳴を上げられるとは思ってもいなかった程の悲鳴を上げて、私は思いっきりのけ反った。とたんに膝の裏がテーブルの端に当たり、今度こそテーブルに尻餅をついた。
「香ちゃん、なにやってるの」
お母さんの声だった。見ると女の子人形を抱いたお母さんがリモコンを差し出していた。
「お、お母さん……驚かさないでよ」
「驚かす?
あなたが勝手に驚いただけでしょ」
お母さんは私の文句などまるで気にしないように答える。
少し、ムッとしたが、勝手に驚いた、と言われれば確かにそうとも言えた。私は黙ってリモコンを受けとるとチャンネルを変え、ソファに座り直す。
私はテレビを見ながら横目でお母さんをこっそり観察した。どこかいつものお母さんとは違和感があったからだ。一見穏やかな顔つきだったが、なにかふわふわした頼りない感じもした。
お母さんは床に転がった人形たちを暫くじっと見ていたが、やがて、大事そうに椅子に座り直させていた。その姿を見ているとさっきテレビの前に女の子人形を座らせたのはお母さんなのだろう。
少し安心している自分に気付き、私は苦笑した。
どうやら私は半ば本気で人形が一人でにソファに座ったと思っていたようだ。
テレビの方はアイドル俳優の大立回りやヒロインとの甘い展開などが展開されていく。それにつれて私の頭からさっきまでのモヤモヤした気分が薄れていく。やがて、完全に頭からは消え去った。
ラストの5分でドラマの黒幕の存在が明かになり、さらにその黒幕がヒロインの実の父親と分かる衝撃の展開!
そして、そのまま怒濤の『続くマーク』。
(うわー。引っ張るなぁ)
大満足しながら、テレビの余韻に浸る私。
少し上気した顔で何気なく横を見て、愕然となった。
人形の家族がじっと私を見つめている。
窓際に設置された専用の椅子に並んで座り、真ん丸の目を見開き、じっと私を見つめていたのだ。
かなり不気味な光景だった。
……でも、一番不気味だったのは、お母さんだった。お母さんも人形たちに混ざってじっと私を見つめているのだ。
お父さん人形とお母さん人形の間に正座して、背筋をピンと伸ばし、さらに両手を膝の上に置いて、私をじっと見つめていた。
真ん丸に見開かれた瞳はまるで人形のようだった。
一体いつからそんな格好で私を見ていたのだろう? 30分? ドラマが始まってからなら1時間近くだ……
「な、何してるの」
私は恐る恐るお母さんに声をかけた。確かめずにはいられない。
「香ちゃんを見てるのよ」
お母さんは唄うように答えた。
「な、ん、で……?」
自分でも信じられない程の小さな声だった。お腹に力が入らない。呼吸が苦しい。
お母さんは私の質問に答えず、ただ、ニタ~と笑った。そんな表情をするお母さんを私は初めて見た。
お母さんは面白そうにクスクス笑い、傍らに鎮座していた女の子人形を取り上げる
「なんでって、ねぇ~」
まるで秘密を共有した女の子に同意を求めるようにお母さんは女の子人形に声をかける。
不気味だった。
心底怖くなった。
お母さんが全く見知らぬ人に思えた。
ブツン
テレビの画面が切り替わる
『悪魔め!
この私の体にとりつくが良い!』
男が少女に向かい絶叫していた。そして、なにか恐ろしいものが男の中に入った。と、男の人は窓に向かい走り、そして……
(悪魔……)
恐ろしい思いが頭を過った。
私はソファから文字通り跳ね起きるとリビングから逃げ出した。一秒たりともそこにいたくなかった。転がるように階段を上がり、自分の部屋に転がり込むとドアに鍵をかけた。
□□□
「変とも言えるけど、それだけでは何とも。
ただの考えすぎじゃないのかしら」
話をじっと聞いていたサツキは、香をなだめるように言った。しかし、香は首を激しく横に振った。
「違う。それだけじゃないの」
「それだけじゃない……
どう言うこと?」
「ある日、私、夜中に目を覚ましたの。
何かスゴく怖い夢を見たと思うんだけど、思い出せなかった。
とにかく喉がカラカラで飲み物を取りにキッチンに行ったの。
そこで、見ちゃったのよ」
「見ちゃったって、何を?」
「それは……」
香は一反、目を伏せ口ごもったが、すぐに思い直したように顔を上げ、喋り始めた。
2018/07/13 初稿