Do you want to watch a televition ?
■■■
お風呂から上がった私は濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに入り、テーブルの上にあったテレビのリモコンを押した。
テレビがつき、軽やかな音楽が流れ始める。夏に向けの炭酸飲料のコマーシャルだ。見ていたら喉が乾いてきた。
お気に入りのドラマにチャンネルを合わせるとキッチンに行き、冷蔵庫から飲み物を取り、リビングに戻った。
「あれ?」
思わず声が出た。
テレビでは女の子が太い針を刺され血を抜かれていた。更に棺桶のような医療用機具に入れられるシーンとつながる。
もうドラマが始まったのか?と私は思うが直ぐに思い直す。私の見たいドラマにこんなシーンが出てくるはずがない。そもそも私の目当ては和製ドラマだ。対して画面の少女はマジ本の西洋人だ。
あり得ない。
(おかしいなぁ、ちゃんとチャンネル変えたはずなのに……)
「あれれ?」
また、声が出てしまった。
キッチンへの出入り口近くの棚に置いた筈のリモコンが見当たらなかった。
キョロキョロとリモコンを探すとテレビの前のテーブルの上にあるのがソファ越しに見えた。
「あんなところに置いたっけ」
私はぶつぶつ言いながらリモコンを取ろうとした。
と、
「うわっ!」
私は大声を上げ、のけぞっり尻餅をつきそうになる。
ソファに女の子人形がちょこんと座っていたからだ。
まるでテレビを見ているようだった。
「だ、誰よ。ソファなんかに座らせたのは」
私は一人、文句を言った。いつもは窓際の椅子に親子仲良く鎮座しているはずだ。お父さんかお母さんが面白半分に置いたのだろうけれど悪趣味にも程がある!
私は女の子の人形をソファの端に追いやり、リモコンを引ったくるとチャンネルを変える。
テレビ画面一杯に推しのアイドルの顔が現れる。私は胸を熱くしてほうっとため息をついた。前回の敵役のオヤジ俳優との一騎打ちシーンの続きからだ。うんうん、いい感じ。今回はドラマの中盤の山場なのだ。
(やれ!叩きのめしてやれ!)
私は心の中で叫ぶ。
ブツッ
突然、テレビの画面が切り替わる。
暗い画面の奥からブリッジをした少女が階段をゆっくりと降りてくる。
トン
トン
トン トン
まるで巨大な蜘蛛が這いずっているようだ。とても人の動きとは思われない神経に障る不気味な映像だった。
「な、何よこれ」
私は言葉を失う。目を背けたかったが画面から目が離せない。
私はテーブルの上にある筈のリモコンをまさぐる。しかし、私の手は空しく机の上をさ迷うだけだった。
(おかしい。リモコンは目の前に置いたはずなのに)
私はなんとか視線をテレビから引き剥がすとテーブルを見る。
リモコンはなかった。
少し視線をずらして、ゾッとなる。
リモコンは女の子人形が座っている場所のすぐ前にあった。まるで、人形がこっそりリモコンを取ってチャンネルを変えた後のように……
私はテーブルのリモコンを見つめ、ついで女の子人形を見た。
人形は無表情でテレビの画面を見つめていた。テレビでは、さっきブリッジして階段を下りていた少女が醜悪な形相になり、暴れまわっていた。
気持ちの悪いホラー映画だ。こんな物は一秒たりとも見たくなかった。
私はリモコンに手を伸ばす。
ガタン
リモコンに手を伸ばした瞬間、女の子の人形がテーブルに倒れこんできた。まるで、私がリモコンを取るのを阻止するかのようにだ。
「ひっ?!」
私はみっとない声を上げて手を引っ込めてる。
テレビではベットに背を向けて座る女の子の顔がぐるんと真後ろを向き、女の子のお母さん役の人に野太い男の声で何か話しかけていた。
私はどうしてもリモコンをとることができなかった。手を伸ばせばテレビのように女の子人形の首が回り私を睨み付けるのではないかと思ったからだ。
だが、だがこの異常な緊張感にも耐えられない!
私は目をつぶり、遮二無二女の子人形をつかむと、部屋の奥、人形の家族が座っている方向に投げつける。
鈍い音がした。
恐らくはお父さん、お母さん人形と仲良く床に転がっていることだろう。だが、それを確認する気には成らなかった。私はそっちを見ないようにしてリモコンを探す。
なかった。
さっきは間違いなくテーブルの上にあったリモコンがどこにもなかったのだ!
テレビの方は二人の男の人が深刻に話をしているシーンに変わっていた。ちょっと落ち着いている。今のうちにチャンネルを変えたかった。
いや、変えなくては!
私は泣きそうになりながらリモコンを探した。テーブルやソファの下を見る。でも、どこにもなかった。
(なんで?なんでないのよ!)
焦る私の横にすっとリモコンが差し出された。私は惚けたようにリモコンを黙って見つめた。一体誰が?
ゾクリと背筋に冷たいものが走る。
私はゆっくりと後ろを振り返る。
……
…… ……
女の子人形の顔が目の前にあった。
2018/07/12 初稿