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Keiko

「どうぞお構い無く」

 差し出された白磁のティーカップを前にサツキは頭を下げる。

「こちらこそ、この程度のことしかできずに申し訳ございません」

 慶子は無表情で答えるとソファに腰かけた。

 今、サツキはリビングで慶子と二人きりだった。品の良い調度品と座り心地の良いソファ。しかし、なんとなく落ち着けなかった。なにか神経にヒリヒリと触ってくるものがあったがそれがなんなのかサツキ本人にもわからない。

 出された紅茶を飲みながら、さりげなく部屋を観察する。直ぐにこの部屋が先程誰かが自分を伺っていた部屋ではないのが分かった。

 窓はあったが形と数が違ったからだ。カーテンもかかっていなかった。

(間取り的にはこの隣かな?)

 サツキは誰が自分を見ていたのか気になったが、いきなりその質問をするのは無遠慮と思われたので止めた。

「香さんはご在宅ですか?」

「はい。2階の自室で寝ております」

「会ってお話をさせていただけないでしょうか?」

「いえ、今はよく眠っておりますので」

 やんわりとした拒絶。これが真実なのか、それとも嘘なのか判然としないが、サツキは何となく慶子の態度に不信感を募らせていた。

「失礼ですが、香さんはどのような状態なのでしょう?

病気ですか、それとも怪我なのでしょうか?」

「病気です」

「病気ですか。

できれば、その……

なんの病気か教えてもらえないでしょうか?」

「学校が知らないといけませんか?」

 慶子の物言いにサツキは少しカチンときた。

「先程も申し上げましたが、学校側としましては生徒に最適な進路指導をしなくてはならない義務がございます。その為には生徒の健康状態も適切に理解していなくてはならないと考えております」

「……」

 返事はなかった。

「香さんは悪いのですか?

治るのにどのくらい必要なのかなど、おおよそのことを教えていただけないとこちらも計画が立てられないのです」

 サツキは返事を促すために少しきつめな尋ね方をした。

「いいえ、只の風邪ですわ。

先生にご心配頂かなくとも直ぐに治ります」

(只の風邪の訳がないでしょう!)

 サツキは内心開いた口が塞がらなかった。

(風邪で、2週間も休むなんてありえない。それに、本当に風邪なら何でこんなに勿体ぶるの?)

 サツキの頭に『疑惑』の二文字が過る。

「本当にそうなのですか?」

 思わず不躾な言葉が飛び出てしまった。たちまち慶子の顔が強ばった。

「どういう意味かしら?」

「いえ、か、風邪で2週間は長すぎるかと……

お医者様の診断等は受けられているのですか?」

「……はい」

 はい、と答えるまでの微妙な間。嘘だとサツキは直感する。毎日何十人もの生徒と話し、顔色を伺っているのだ、嘘なのか嘘じゃないか、何となくわかるようになっていた。そのスキルからいえば、この『はい』は限りなくクロだった。

(教師舐めんな)

 サツキは心の中で呟いた。とはいえ証拠もないのに嘘と断ずることもできない。サツキは矛先を変えることにした。

「本日はご主人はご在宅でしょうか?」

「はい?内の者がなにか?」

「もし、おられるならご一緒にお話を聞かせてもらいたいと思いまして。まだ、お仕事なのでしょうか?」

「いえ。今は家にいます」

「ご在宅ですか。

では、お話を聞かせてもらえないでしょうか?」

「それはできません」

 意外な拒絶にサツキは眉をひそめる。

「何故でしょうか?」

「内の者も最近体調を崩して臥せっているのです。とてもお話ができる状態ではありません」

(そんな都合の良い話を信じろと?)

 サツキは平静を装いながら内心毒づく。

「いずれ休学手続きをさせていただきます。

それで、宜しいでしょう」

 慶子はめんどくさそうに言った。罪悪感を持った生徒を問い詰めると見せてくる不貞腐れた態度に似ていた。

(あんた、直ぐに治るってさっき言ったでしょ)

 サツキは心の中で突っ込みを入れたが顔には出さないようにする。

「きゅ、休学手続き、と急に言われましても……

いきなり結論に達するのではなく、まずは話をですね……」

「とにかく!」

 説得しようとするサツキを慶子の言葉が強引に割り込んできた。

「本日はわざわざご足労頂きましたが、こちらから話すようなことは何もございません」

 取りつく島もないとはこのことだ。

 席を立ち、話は終わりと無言で圧力を掛けてくる慶子を前にサツキは言葉がなかった。

(絶対なにかを隠している。

でも、それがなにかまでは分からないな)

 とサツキは思う。

 可能性は二つ思い当たった。

 虐待による怪我を隠しているのか、それとも異性との交遊による妊娠、中絶の可能性。

 虐待ならば緊急性があるかどうかで対応が変わってくる。

 サツキは休む前の香の様子を思い出す。不審な傷や浮わついた噂はなかったはず。

 不安はあるが、緊急性がなければ強引な行動はできない。

(今日のところは引き揚げるしかないのかな)

 帰って学年主任と相談しよう、とサツキは重い腰を上げた。

 そして、玄関まできた時だった。

『あああああ』

 叫びなのか、呻きなのか、それとも助けを呼ぶ声か、よく分からない声が聞こえてきた。

 サツキは固まり、慶子の方を見た。しかし、慶子の方は平然としていた。まるで声など聞こえていない風だ。

『ああえお』

 また、聞こえた。

 2階のほうからだ。サツキは2階へ続く階段の方を見て、ついで慶子の方に向き直る。

「あの声は香さんですか?」

「さぁ、わかりません。とにかく今日はお帰りください」

 慶子は目をそらし答える。慶子がサツキを強引に玄関に押しやろうとしたした時

『あうええ』

 三度目の声がした。

 くぐもっていたが確かに香の声だ。

(助けて、っていってる?)

 何か差し迫ったことが起きている。今、なにかしなくては取り返しのつかなくなる。

 そう考えたサツキは慶子の手をすり抜けると2階に向かって駆け出した。

「あっ!先生、どこへいくんですか」

 慶子の驚いた声がサツキの背中を追いかけたが、サツキは構わず階段をかけ上る。

「あれかあすえて」

 2階に上がるとまた、声が聞こえた。

 間違いなく助けを呼ぶ声だ。

 サツキは素早く廊下に並ぶドアを見る。直ぐ手前のドアが少し開いていた。

 サツキはそのドアに跳びつくと素早く開いた。

2018/07/09 初稿

2018/07/09 誤字修正しました

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