the last game
「クキツアマニナよ去れ!」
サツキは叫んだ!
『その名前を口にするなぁ!!』
香は頭を抱え、野太い男の声で警告する。だが、サツキは怯まない。
「クツキアマニナよ去れ!」
『『あああああ』』
香と慶子が同時に絶叫する。彼女たちから物凄い風が吹き、サツキに襲いかかる。髪がたなびき、吹き飛ばされそうになる。だが、サツキは踏ん張り、歯を食い縛り、何度も真の名前を連呼した。
「クツキアマニナよ去れ!
クツキアマニナよ去れ!
クツキアマニナよ去れ!」
『ギャアアアアーーー』
耳をつんざく悲鳴と共に一際強い衝撃がサツキを襲う。
「きゃあ!」
衝撃がサツキを吹き飛ばし、激しくリビングの壁に打ち付ける。
そして、辺りは静寂でつつまれた。
「う……うう」
微かに呻き、サツキは意識を取り戻した。どのくらい意識を失っていたのだろう。ほんの一瞬のことかもしれない。
体中がズキズキ傷んだ。
うっすらと目を開ける。
リビングは酷い状態だった。壊れた家具があちらこちらに散乱し、床には粉々になったガラスの破片が砂のようにばらまかれている。
サツキはヨロヨロと立ち上がる。
静かだった。
特に何が変わったと言うわけではないのだが、なにかが変わっていた。強いて言うなら空気だろうか。淀んでいた空気がどこか清らかな感じがした。
悪魔は去ったのだ。
サツキは安堵のため息をつく。
「ううん」
呻き声にサツキははっとなった。うつ伏せに倒れている香の手が微かに動いていた。
「か、香さん」
サツキはあわてて香に駆け寄ると抱き起こす。香はサツキに気付くと微笑んだ。
「先生……」
「香さん、大丈夫ですか?」
サツキの問いに香はコクリと頷いた。
全て終わったのだ。私は悪魔に勝った。
「良かった」
サツキは心の底から呟いた。
「ええ、先生。
良かったわ」
香は手を伸ばしてサツキの頬に軽く触れる。思いの外、冷たい指がサツキの頬を撫でる。
「これで、この体が私のものになる」
「えっ?」
微笑む香。サツキの体は一瞬凍りつく。
なにか、なにかおかしい。
サツキは全身がたちまち粟立つのを感じた。
「なにを言ってるの」
「だって先生、ご自分で何度も願ったじゃないですか」
香はクスクス笑う。
「『クツキアマニナよ去れ』って
クツキアマニナヨサレ
サツキ ク□□アマニナヨ□レ
サツキヨ アク ■□□■マニナ■□レ
サツキヨ アクマニナレ
『サツキよ悪魔になれ』ってことでしょう?」
香の言葉にサツキは愕然となる。
言葉遊び。
並べ替え。
サツキは慌てて自分の口を押さえる。
「もう遅い。あなたは自分で願っちゃったんだから。
そもそも、悪魔の真の名前を知ったとしても、素人が連呼してなんとかなる、なんて本当に考えてたの?」
「じゃ、じゃあ、今までのことは、ぜ、全部嘘だって言うの?」
「全部、嘘。
そして、まんまとひっかかって、あなたは自分で悪魔になるって大声で叫んだって訳。
何度も、なぁんども、ね。
だから、最初に忠告したでしょ、悪魔と話しても騙されるだけだって。
『悪魔、舐めんな』」
香はケラケラと笑う。
「ほうら、その手を見てごらん」
香に言われて、サツキは慌てて自分の手に目を落とす。手のひらになにか黒い痣のような紋様があった。
「な、なにこれ」
サツキは慌てて手のひらを擦るが紋様は消えない。それどころか徐々に拡がっていく。
「いや、いや、いや」
サツキは立ち上がり、叫ぶ。
紋様はどんどんと拡がっていく。
腕、胸、首を伝わり顔に至る。
「嫌、嫌、嫌だ、嫌だ。
助けて、助けて、助けて
誰か、助けてーーーー」
サツキは絶叫する。
誰も助けてくれない暗いリビングの中でサツキはただひたすら叫び続けた。
ギリ ギリ
ギリ ギリ
鉄の門が耳障りな軋み音をたてながら開く。
その門をくぐり、一人の女性が外に出る。
榊サツキだ。
サツキは近くに止めてある自分の車に乗り込む。バックミラーに映る自分の姿にながめニヤリと微笑む。何十年ぶりに手に入れた肉体だが、中々に調子が良い。
さて、これからどうするか、とサツキは少し考えた。
(まずは仲間を増やすかな)
サツキは携帯を取り出すと電話帳から適当な候補者を選び、電話する。
トゥルル、トゥルルという携帯の呼び出し音を辛抱強く待つ。やがて相手が出た。
『はい』
サツキは薄ら笑いを浮かべながら話し始める。
「こんな時間に御免なさい。
ちょっと相談したいことがあるのよ。
今、会えないかしら。
うん、うん……」
絶望は終わらない
2018/07/24 初稿
最後までお付き合い頂きありがとうございます。