a ture name
暗い部屋の中、サツキはじっとうずくまっていた。
どれほどの時間そうしているだろう。
10分。
30分?
それとも、1時間か。
本人にもよく分からなくなっていた。
あまりにも色々な事、信じられない事、が起きた。心が疲弊して何も自分からやる気が起きない。これが心が絶望すると言うことなのだろうか?
学、いや、あれを学と呼んでよいものかは今も悩ましいのだが、とにかく彼の言う事が正しければ何故今、悪魔が自分の前に現れないだろう、とサツキは思った。今なら簡単に同化できそうだ。それとも、まだ自分は完全には絶望していないと言うのだろうか。
「どこに希望があるって言うのよ」
サツキは自嘲気味に呟く。屋内には慶子。庭には香が自分を待ち構えているはずだ。この足で逃げ切れるとは到底思えなかった。
(せめて、学さんがやろうとしていた対抗策がなんだったのかがわかればなんとかなるかも知れないけど)
ぼんやりと考えるサツキの視線が床に転がっている黒いものに引き付けられた。よく知っているものなのに、それがなにか認識するのに時間がかかった。
(ノートパソコン!)
学はネットで悪魔のことを調べたと言っていたではないか。もしかしたら調べたデータがパソコンにあるかもしれない!
サツキは餓えた肉食獣が獲物に飛びかかるようにノートパソコンにすがりつく。
震える手で電源を入れる。
『悪魔』をキーワードにして検索をかけるとかなりのファイルがヒットした。
サツキの心臓が自然と高鳴る。
サツキはそれらのファイルを片っ端から開いていった。
一つのファイルに目が行った。
『カナンリッツの悪魔人形』
内容は、ヨーロッパのカナンリッツと言う町での悪魔払いの記事だった。かなり強力な悪魔で、払うのに何度も失敗したと書かれていた。何人もの死人を出しながらも最終的に三体の人形を依り代として封印をしたとなっている。
(これだ!)
サツキは心の中で叫んだ。学が言っていた悪魔の話だ。サツキは貪るようにその記事を読んだ。しかし……
(駄目。対抗策につながることは何も書いていない)
曰く、三体の人形は別々の所に保管された。
曰く、後に人形は行方知れずになった、と書かれていたが、それは全て学の言葉を裏付けるだけで、新しい情報は何もなかった。
半ば諦めながらサツキは様々なキーワードで検索を続けた。
そんな試行錯誤を繰り返していると一つの単語が引っかかった。
「ture name……真の名前?」
なにか心をざわめかせる単語だった。
「『悪魔払いをする時、悪魔の名前を聞き出す事が重要である。悪魔の真の名前を知れば、自在に命令し、適切な術を施せば使役することすら可能である』
……つまり、人形に取りついている悪魔の名前が判れば、悪魔を支配できるってこと?」
記事を読み進めると、神様の力を借りて無理矢理名前を聞き出すと書かれていた。
それを読んでサツキはがっかりする。そんな芸当が自分にできるわけがないからだ。
しかし、すぐに思い直す。もしかしたら学も同じように考え、封じた悪魔の名前を探していたかもしれない。
サツキは『真の名前』と『カナンリッツ』で検索をかけてみた。すると一つのファイルがヒットした。すぐに開いてみる。
「『カナンリッツの悪魔は三体の人形に封じられた。その時、名前も三つに分けられた。悪魔の力を弱めるためだ。そしてその名前は封じられた人形の額に記された』
これよ!」
サツキは手を叩き、小躍りしたくなった。ついに悪魔に対抗する方法の手がかりを手にいれたのだ。
後は人形の額に書かれた文字を読めばよい。とそこまで考えて行き詰まる。
話には何度も出てきた人形だが、サツキは実物を一度も見たことがなかった。この家のどこかにあるかも知れないが、この広い家の中を、おまけに慶子たちの襲撃をかわしながら探すなど不可能だ。
「駄目よ。諦めちゃ駄目。考えるのよ」
サツキは挫けそうになる自分を自分で励ましながら懸命に考える。これが最後の希望なのだ。
「もしかしたら!」
サツキはさっき読んだ『カナンリッツの悪魔人形』のファイルを開く。何枚か人形の写真があったはずだ。その写真から名前が分かるかもしれない、と考えた。
だが……
確かに人形の写真は何枚かあったが、不鮮明な上に角度が悪く、額に記されているであろう文字が読める写真が無い。
諦めかけた時、ようやく一枚の写真にたどり着く。
女の子人形が正面から写された写真だ。
限界一杯に拡大してみる。幸いラテン文字で書かれていた。これなら読める!
「A N …… いえ、Mね。そして、A ……
AMA …… 『アマ』ね!」
それは小さいが初めての一歩だった。残りは二つ。
サツキは勢いこんで残りの名前を探した。
しかし……
(駄目だ。見つからない)
一通り調べてみたがどうしても見つからない。
「後、少しなのに!」
サツキは苛立たしげにノートパソコンを放り投げた。
やはり、諦めるしかないのか……
いや、これは諦めるとか諦めない、と言う次元の問題ではないのだ。自分の命がかかっている。何としてでも見つけなくてはならない。
サツキは懸命に方法を考えた。そして、「あっ」と声をあげた。
香が言っていたあることを思い出したのだ。
「それが本当なら……」
そう、それが事実なら悪魔の名前が分かるかもしれなかった。
2018/07/22 初稿