despair
「本当の奴の狙いは私を絶望させることだったんだ。
そのために香と慶子の魂を喰らった。悪魔化した姿を見せて、私を絶望させて同化しようとしていたんだ」
そこまで言うと学はベッドに横たわり、深いため息をついた。
「絶望させて同化する……?」
「魂を喰らって肉体を支配したとしてもそれは一時的なことなのだ。
魂を持たない肉体は長くは持たない。二、三ヶ月で腐り朽ち果てる。
悪魔といえどもその理を覆すことはできない。
だから、奴は私をじっくり時間をかけて絶望に追い込むつもりだった。
絶望した私の魂に同化するつもりだったんだ。
だが、奴は失敗した。
私が奴の存在に気づき、対抗策を考え始めたからだ」
「対抗策?
あるんですか、あんなのに対抗できる方法があるんですか?」
サツキは叫んだ。絶望しかけていたサツキにとって学の言葉は衝撃的だった。
「もう少しだったんだ。
あとちょっとで私は慶子と香の敵をうつことができたんだ」
学の言葉は低く暗かった。
「えっと、学さん。あなたがやろうとした対抗策はなんだったんですか?
実行したんですか?
実行したけれどうまくいかなかったのですか?
それとも、実行していないのですか?」
「ああ、すまない。二人とも。
お父さんはうまくできなかったよ」
サツキは困惑する。急に学との会話が噛み合わなくなってきた。サツキとしてはなんとしても学がやろうとした方法を聞きたかった。それが、サツキが助かる唯一の希望だからだ。
「お願いです。学さん、どうしようとしたのか私に教えてください」
サツキはベッドに一歩近づく。
「許してくれ。許してくれ。
香、慶子!」
学は慟哭するように香と慶子の名前を叫ぶ。
「学さん!」
サツキと叫ぶ。
「ああ、気を付けるんだ。
今度は君が狙われているぞ。
君を絶望させるために奴は周到な罠を仕掛けている。恐怖で弱らせ、希望を与え、最後に究極の絶望を与えようとしているんだ。
気を付けるんだ。
気を付けろ。
でないと私のようになるぞ。
ウワハハハ」
学が突然狂ったように笑いだした。
サツキはまた、なにか異常なことが起きている気がしてきた。
その時だ。
サツキは学の身長が異常なことにようやく気がついた。
ベッドの端で狂ったように笑う学。
その両足がベッドのもう片方の端からはみ出ていた。シーツに覆われて見えないが単純に上半身と下半身をつなげると2メートルはあった。
異常だ。
サツキはシーツを掴むと、一気に引き剥がした。そして、絶叫する。
そこには上半身と下半身に分断された学の姿があった。
有り得ない光景だった。
上半身だけの学は狂ったように笑い続けている。
「うわははは」
学の上半身は笑いながら両手で器用に立ち上がると唐突にサツキに飛びかかってきた。
「ひっ!」
「絶望しろ、絶望しろ、絶望しろ」
唾を飛ばし、ガチガチと歯をならしながら学は迫ってくる。渾身の力で押し返す。
ガタン
ずるずると後退したサツキは書き物机にぶつかり転ぶ。
容赦なく迫る学を懸命に払いのけようとするサツキの手に偶然、床に転がったペーパーナイフに触れた。
「この!」
サツキはペーパーナイフ掴み、学に突き立てる。
「うぎぎぎぎ」
一瞬学は怯んだが、すぐに体勢を整え、再度サツキに飛びかかった。
サツキは体をかわし、手近に転がったイスを掴み、力一杯学に叩きつけた。
「はっ!
死ね、死ね、この!
死ね、死ね、死ね!!
ははっ、死ねったら死ね」
サツキは狂ったように学をイスで滅多うちにする。すぐに学は動かなくなったが、サツキは殴るのを止めない。
「はは、アハハハ」
真っ赤な血濡れの肉塊と化した学の上半身を前にサツキはひきつった笑い声を上げ、何度も何度も殴り続けた。
2018/07/21 初稿