She never die
「うふうううう」
階段を転げ落ちた慶子はしばらく動かなかったが、それもほんのちょっとの間だけだった。すぐに呻き声を上げながらモゾモゾと動き出す。
その様子を見てサツキは絶望にとりつかれる。
慶子は立ち上がると少し顔をしかめ、自分の腹を見た。右腹、ちょうど肝臓の辺りにハサミが突き刺さっていた。階段を転げ落ちた時、自分で刺してしまったのだろう。しかし、慶子は大した事でないようにハサミを掴むと無造作に引き抜く。大量の血が吹き出し、たちまち慶子の下半身を朱に染める。普通の人間なら出血多量で意識不明になるレベルだ。だが、慶子は何事もないように狂ったように笑いだす。
「うけけ、うひゃ、うはははははは」
笑いながら慶子は階段を上ろうと一歩足を踏み出す。と、そのまま倒れこんだ。
良く見ると右足があらぬ方向に曲がっていた。やはり、階段を転げ落ちた時に骨を折ったようだ。だが、それさえも意に介すことなく慶子はズリズリと階段を這い上って来る。
ズリュリ
ズリュリ
ゆっくりだが確実に一段一段上り、近づいてくる慶子にサツキは震え上がった。
「痛ッ」
逃げようと焦って立ち上がろうとしたサツキは苦痛に顔を歪める。自分も足に傷を負っていたことを忘れていたのだ。階段の手すりを杖がわりにしてなんとか立ち上がる。
ズリュ
ズリュ
慶子は既に階段の数段下まで迫っていた。
とにかく逃げなければ。
サツキはびっこを引きながら2階へと逃げる。2階の廊下に出ると逃げ込める部屋はないかと探し求める。
最初の部屋、すなわち香の部屋は鍵がかかっていた。その隣もダメだった。サツキは頭から血の気が下がるのを感じた。
廊下の突き当たりにもうひとつドアが見える。
ズリュ
ズリュ
慶子の這いよる音が迫ってくる、
恐る恐る振り返ると、ちょうど階段のところに慶子の頭が現れるところだった。
バクチだ。もしも、奥のドアも開かなければサツキは完全に袋のネズミになる。
しかし、他の選択肢はない。
サツキはヨロヨロと最後のドアへ向かい、ノブに手をかけると引いた。
ドアは呆気なく開いた。サツキは内心でガッツポーズをとる。そのまま、体を部屋に滑り込ませると鍵をかけた。
ドアに耳を当て、廊下の音に神経を集中させる。
ズリュ
ズリュ
少しずつ音が大きくなってくる。
ズリュ
もう、ドア一枚隔てたところまで慶子が来ているのが分かった。
ドンドンドン
突然、ドアが激しく叩かれサツキは飛び上がった。
ドンドンドン
ドンドンドン
ドンドン
何度もドアが叩かれたが不意に音は止んだ。
再び、サツキはドアに耳を当てる。
ズリュ
ズリュ
ズリュ
這いずる音が徐々に遠ざかっていった。
いやに諦めが早いと思いながらも慶子が去っていくことにサツキはほっとした。
とりあえずの危機を乗り越えたと考えていいのだろう。
今のうちに、足の傷を確かめようとした時、しわがれた男の声がした。
「誰かそこにいるのか?」
サツキは心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
声のする方を見るとキングサイズのベットがあった。
シーツがこんもりと膨らんでおり、誰かが寝ていることが分かった。良く見るとシーツの端から両足が出ていた。
「誰ですか?」
ドアノブに手をかけて何時でも逃げ出せる状態でサツキはベットに寝ている男に声をかける。
「その声は慶子でも香でもないな。
こちらこそ誰だと聞きたい」
弱々しい声と共にシーツの下から疲れきった表情の男が現れる。
その男にサツキは見覚えがあった。
一ノ瀬学。
香の父親だ。
一ノ瀬学は家にいると慶子が言っていたのをサツキは思い出した。
2018/07/19 初稿




