a visit
目指したのはハリウッドです
榊サツキは豪邸を目の前にしばし途方にくれて立ちすくんだ。
ガッチリと閉ざされた黒光りする鉄の門のその奥に三階建ての洋館が佇んでいる。四方を5メートルはあろうコンクリートの壁に囲まれ、周囲の喧騒を拒んでいるかのようだった。
もう一度表札を確認してみる。
『一ノ瀬』と書かれていた。
(間違いない)
と、サツキは心の中で頷く。意を決すると表札の直ぐ下にあるインターフォンを押した。
反応がなかったので、もう一度インターフォンを押そうかと思う程待たされてようやく女の声が聞こえてきた。
《何かご用でしょうか?》
どこか、疲れたような張りの感じられない声だった。
「夜分、恐れ入ります。
わたくし、星城学園の榊サツキと申します。
一ノ瀬香さん……、お嬢様の担任をさせて頂いている者です。
本日はお嬢様の事でお伺いいたしました」
《……
内の娘がどうかしましたか?》
「いえ、香さんがここ2週間ほど休まれておりまして、お見舞いを兼ねて、ご様子を伺いたく参りました。
あの……お昼頃にお電話をさせていただいました。その時は留守番電話でしたが、あの、お聞きになられてはいないでしょうか?」
《知りません。
……
長期のお休みの連絡は出したかと思いますが?》
何となくトゲのある声、いや、あからさまに迷惑そうな意思がビンビンと伝わってくる。
インターホンの相手は香の母親だろうか?
1度か2度進路相談などで会ったことがあると思ったが、こんなにつっけんどんな人だったろうかと、サツキは自分の記憶を辿ってみる。
サツキの記憶では香の母親、一ノ瀬慶子は香と同じでもっと明るくて丸みがあった。いい意味で、おおようなお金持ち、と記憶していた。それが今は全く逆の印象だ。
サツキは内心で首を傾げながらインターフォンに向かって喋った。
「はい、電話でご連絡はいただいております。
ただ……
単に休むと言われましても、状況が分からず、少し困っております。
と申しますのも高校2年というのは今後の進路について考える大事な時期でして、色々とご相談させてて頂きたいことが多々ございます。
その相談のためにもお嬢様のご容態などを教えて頂けないかと思っている次第です」
サツキはインターフォンに向かい熱弁を振るったが相手に感銘を与えるには至らなかったようだ。インターフォンからの声はゆうに1分は沈黙した。
《分かりました。お入り下さい》
そのままぶっつりと切られるかとも危惧し始めた頃、ようやくインターフォンから声した。
サツキは胸を撫で下ろす。
突然、目の前の鉄の門がキリキリと、音を立てて開き始めた。人が一人通れるぐらいの隙間が開くと門は止まった。
入れ、と言うことだろう。
サツキは少し戸惑ったが思いきって門の中に入る。中に入ると鉄の門は再び音を立て閉まり始めた。
ふと顔を上げると門の上に設置されたカメラがサツキに無機質な視線を投げ掛けていた。
恐らく、自分の一挙手一投足をそのカメラで見られているのだろう。不意にサツキは閉まろうとする門をくぐって外に逃げ出したい衝動にかられた。もう2度とこの門をくぐって外に出れないのではないかと言うへんな予感がしたからだ。
だが、『サツキの理性』がそんな馬鹿げた思いを圧し殺した。
と、目の前で鉄の門がガチャリと音を立てて閉まった。『サツキの直感』が小さな悲鳴を上げたが『理性』はそれを無視する。
サツキは、最後にほんの一瞬だけ遮断された外界への扉を見つめたが、直ぐに踵を返し、洋館に向かって歩き始めた。
玄関までの道筋、大きな屋敷にありがちな無駄に長い道筋、を歩く途中でサツキは視界の端に動くものを感じ、そちらに目をやる。
中庭に面した窓が見えた。
リビングかなにかの窓だろうか。白いカーテンに隠され、部屋の中は見えかったが、カーテンが微かに揺れていた。
誰かがカーテン越しに自分を伺っている。
そうサツキは確信したが、気づかないふりをして玄関に向かった。
サツキの背の倍はある巨大な扉の前までくると、待ち構えていたかのように扉が開き、女が一人顔を出した。
その女性に見覚えがあった。一ノ瀬慶子、その人である。
「夜遅くに無理を言いまして申し訳ありません」
サツキは深々とお辞儀をする。
「いいえ。
玄関でお話しするのもなんですので、どうぞ中にお入り下さい」
慶子の声は感情のこもらない冷たいものだった。
2018/07/08 初稿
2018/07/09 誤字修正
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