デュラハンの休日 - 入浴 -
これはデュラハンの血を引く同級生、岸堂デュラさんと初めて入れ替わった日の話。
担任であり、岸堂さんの姉でもある岸堂ハンナ先生に相談した僕らは、時間が時間だったこともあり今日の所は中身が変わったことを伏せたまま家へと帰り、明日以降元に戻る方法を考えようということになった。もちろん帰るのはお互いの体の方の家だ。
入れ替わりを伏せるというのは、一般人である僕の両親が混乱しないようにとの岸堂先生の判断だ。
僕の方は事情を知る岸堂先生がそばにいるから大丈夫だと思うけど、いつも大人しく単独行動になってしまう岸堂さんが少し心配だ。
岸堂先生は大丈夫だというし、岸堂さんの演技もまるで僕がもう一人いるかのようだったから、本当に大丈夫なのかもしれない。
時間は21時。
岸堂さんの家に帰り、夕食後に岸堂先生から『デュラハン』と言う存在について説明を受け終わった頃。
“お湯張りが終わりました”
そんな電子音声が風呂場と思しき所から聞こえてきた。
「あら、ちょうど沸いたみたいね。デュラ、さきに風呂入っちゃいなさい」
「あっはい、お姉さ…って、ちょっと待ってください。岸堂先生!」
岸堂先生に勧められるまま返事をしてしまったけど、いまの自分が置かれている状況を思い出し慌てて待ったをかけた。
ちなみに岸堂先生が僕の事を『デュラ』と呼んだり、僕が岸堂先生を『お姉さん』と言いかけたのは、入れ替わった事を知らない人間が見た時におかしく思われないようにだ。
「ん? どうした? デュラの裸を見るのが恥ずかしいのか?」
「まあ、クラスメイトとはいえ異性ですし…」
「デュラの方は気にせず入ってると思うぞ。入らないのも不潔だし」
「とは言っても、岸堂さんも女の子ですし僕なんかに裸見られるの嫌なんじゃ」
「うむぅ。お前になら大丈夫だと思うけどな」
「へ?」
岸堂先生のその返しに僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
さっき、僕になら大丈夫って。一体どういう意味なんだろう。
「ふぅ。仕方ない。君がデュラの裸を見ないで済むように私が一緒に入って洗ってやる。だが、今日だけだ。明日、元に戻れなかったら一人で入る事。いつまで戻れないかもわからないしな」
「わ、わかりました」
そんなやり取りをしてから、僕と岸堂先生は風呂場へと向かう。
そして、風呂場へ着くと岸堂先生は僕の首筋に手を近づけてきた。
僕はいきなりの事に身を強張らせたけど岸堂先生はそんな事は意識すらしていない様子で、僕の首に巻かれた赤いリボンをするりとほどく。
そういえば岸堂さんがいつも首に巻いてるこのリボンは、首と胴体が離れるのを防ぐ効果があると言ってたっけ。
僕がその事を思い出したのは、僕の頭と胴体を分離させた岸堂先生が、僕の頭を廊下へと出した後の事だった。
半開きになった風呂場のドアを挟んで布擦れの音が聞こえる。
「ばんざい」
ドアの向こうから聞こえた先生の声に合わせて、今ここにない体の両手を上げる。
僕からは見えないけど、分離してても感覚は伝わるようでいま服を脱がされているのだということが何となくわかった。
しばらくすると服をすべて脱ぎ終えたらしく、岸堂先生が声を掛けてきた。
「いまから浴室に入るから」
それと誰かに手を引っ張られる。
誰か、とは言っても僕から見えないだけでおそらくは岸堂先生だろう。
視界と認識している体の動きがマッチしないのはやっぱり怖い。
「ストップ」
岸堂先生のその声で足を止める。
どうやら浴室に着いたらしい。
「じゃあ、今から軽く体洗うからゆっくり座って」
言われるままゆっくりと腰を下ろすと、体育座りの途中あたりの位置で、イスのようなものがあったのでそこに腰を落ち着かせた。
たぶんだけれども逆さにした桶かな。
「くすぐったいかも知れないけど我慢する事」
岸堂先生がそう言った後、きゅっきゅっと蛇口をひねる音がしたと思うと、勢いよくシャワーをかけられた。
どうやら一旦体を濡らしているらしい。
シャワーが止まる。
僕の体にスポンジと思しき物が押し当てられる。
「ひゃっ」
それに付いてた何やらぬるっとした冷たいものに思わず体を震わせた。
たぶんボディーソープだろうけど、いまここにない筈の僕の体から感じる怖いような何とも不思議な感覚が僕を戸惑わせる。
そんな頭の思いはどこ吹く風で、その間にも体の方は洗われていく。
岸堂先生の繊細なタッチに、気をそらそうと僕の頭は思わずスクワットしそうになる。
「こらっ、体を動かすな」
……訂正。本当にスクワットしてしまってたらしい。
「すみません」
岸堂先生に謝罪の言葉を返し、僕はそっと目を閉じる。
そうやって時がただ過ぎるを待っていると、再びシャワーがかけれれた。
どうやら地獄?の時間は終わったらしい。
二度目のシャワーもやみ、ほっと一安心。
「起立!」
岸堂先生の号令に従って腰を上げる。
「前へ習え!」
両手を前に上げる。
不意に体にタオルと思しき物が押し当てられた。
「ひゃっ」
油断をしていた僕は、またも驚き声を上げてしまった。
もちろん岸堂先生はそんな事は気にもとさっさと僕の体を拭いていく。
まあ、確かにこのままの状態で湯船につかるのは難しそうだからシャワーだけで済ますのは納得できる。
一通り引き終えるとまたも岸堂先生から号令がかかる。
「回れ右!前へ進め!」
どうやら浴室から出ろという事らしい。
僕は足を引っ掻けない様に注意しつつ、歩を進める。
「全体、止まれ!」
足を止める。
何やらタオルとはまた違う感触の布きれが体に押し当てられる。
体から伝わる感覚と布擦れの音から、服を着せられているのだとわかった。
そして、やっと服を着せ終わったのか風呂場のドアが開いた。
これで、体がない不安感を払拭できると思った瞬間、そのまま僕の頭が浴室へと持ち運ばる。
「髪も洗っとかないとね」
と、岸堂先生は言うけれど、僕はそれより鏡に映った岸堂先生の姿が気になって。
「えっと、なんでスク水?」
「ん、もしかして私の裸が見たかったのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
僕はそこまで言って、深く考えるのは良そう。そう結論つけたのだった。