ヘリオスの心音 7
ミユキとともりはたくさん服を買ってくれた。本当に、たくさんだ。
シャツ、パーカー、ズボン、パンツ、靴下、靴、帽子……ハンカチタオルや小さなリュックまで。ずらりと揃えられたそれを、達成感に満ち溢れたミユキとともりが見る。アランは呆然としていた。
「アラン、何か他に欲しい服はあった?」
「う、ううん」
あわてて首を横に振る。……こんなことは絶対に言えないけれど、アランは……ミユキやともりが持っているらしい服と似ていると言っていた服が何枚も入っているから、他には何もいらなかった。……みんなで着れたら、なんだか……とてもあたたかくなる気がしたのだ。
アランと同じ日に着てくれるかなとどきどきして、……いつまで続くのだろうと、その時初めて気付いた。
まだ一日も経っていないのに。これから先も二人と一緒にいられるような気がしていた。
「……」
たくさん服を買ってもらったから、なんとなく、そう考えてしまっただけだ。……きっと。
お金を払って、ともりは背負って来ていたリュックに買った服全てを丁寧に畳んで詰めた。荷物持ちをする気満々だったアランは肩透かしを食らってぽかんとした。
「ぼ、ぼくもつ、よ?」
「大丈夫大丈夫、アランはみーさんと手繋いでて」
「でも……」
「みーさんがどこか行かないように」
「小さい子じゃないもん……あ、ねえ、ともり、みてみて、あれ楽しそう」
「ほらほら」
ふらふらと歩いて行きそうになったミユキの手を少しあわててきゅっと握って引き止めた。握ってから気付く。傷のある方の手だ。
「あっ……ごめん、なさいっ……」
「うん? ……ああ、平気だよーありがとうー」
「……ミユキ」
「なあに?」
「その……手」
「傷?」
「……うん」
「ごめんね、気持ち悪かったかな」
「ううん」
ふる、と首を横に振る
「気持ち悪くない。……いたく、ない?」
ミユキは少し驚いたように深い深い色をした眼をほんの少し見開いて、……ふは、と微笑った。
「うん。―――ありがとう。痛かったことは一度もない」
「……」
嘘だ、とアランは思った。
「嘘だと思う?」
悪戯っぽくミユキが微笑って、アランは居心地が悪くなった。
「……傷は、痛いよ」
「うん。そうだね。……でもね」
ミユキがそっと、膝を付こうとした。ゆっくり、ゆっくり屈んで眼を合わせようとしてアランはあわてた。いつの間にかミユキのすぐそばにいたともりは止めもせずミユキに手を貸して、ミユキはその手を信じているように迷いなく握って頼った。
傷のある手が、アランの手を握る。
「……どれだけやさしくされても、傷は痛むの。でもね。それでいい、それがいいって思える傷もあるの」
「……」
わからなかった。
痛いことは痛い。痛いことがいいなんてアランにはとても思えない。
『お父さん』にぶたれて、
『お母さん』に抓られる。
アランの身体には、そんな痕がいくつもある。
痛いのは嫌だ。絶対に嫌だ。―――なのに。
ミユキは穏やかに微笑っていた。
「―――自分で選んだ傷だからね。与えられた訳じゃない、被った訳じゃない。―――わたしが選んで、掴み取ったの。勝ち得たものなの」
だから痛くても大丈夫なんだよ。―――あたたかく微笑ったミユキのその言葉の意味を、……アランはずっと、考え続けることになる。