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ヘリオスの心音 6


「格好いい服を買おうね。まだ夜は少し冷えるから、あったかい服も買おうね。それから帽子も買おうね。それから、それから……」

「みーさん、ほらほら、もう少しゆっくり歩いて」

「ミユキ、ちゃんと下見て歩いてね?」

「ともりが二人いる……」

ミユキが何かぽそりと言ったがあまりよく聞き取れず首を傾げかけたが、とてもうれしそうな顔でアランの頭を撫でた。やさしい感触の指先がアランのぼさぼさの髪をやわらかく梳いてくれて、アランはぱっと顔を下げた。……どういう顔をしていいのか、わからなかった。

「服屋はこっちだね。……みーさん、徒歩十分だよ。これは永遠と言ってもいい時間だ。今からでもモーテル引き返さない? ちゃんと送り届けるからさ」

「や、ぁ、だ」

んべっとミユキが小さく舌を出した。とってもかわいい。ともりはその表情に一瞬で顔を赤らめてむぐっと詰まって、それからはああっと深く深く息を吐いた。モーテルのおばさんに書いてもらった地図で口許を小さく覆って、それからそっとミユキの肩に手を回し抱き寄せる。

「気を付けてね。みーさん、正面からでもわかり難いけど後ろ姿は本当、完全に妊婦さんには見えないから」

「うん」

こくんとミユキが小さい子のように素直にうなずいて、ほんの一瞬だけともりの肩口にすりっと頭を擦り寄せた。満たされたように小さく息をする。……そっと視線を戻したミユキが、アランを見て微笑った。

「アランはこっち。手、繋ごう?」

「ぁ……」

のばすまでもなく。……アランの手は、ミユキの中に収まった。

そっと握られて―――あたたかさと、やさしさだけが、アランに伝わる。

「……」

「じゃあしゅっぱーつ」

右にともり、左にアランと並んで、ミユキは本当にうれしそうにふは、と微笑った。




やって来た服屋さんは目を丸くしてアランたちを出迎えた。普段お客さんなんて滅多に来ないらしい。

「子供服はありますか?」

丁寧な口調で訊いた不思議な髪の色のミユキと、その肩をやさしく抱くとても綺麗な顔をしたともりと、あとおまけのアラン。服屋のおばさんは目を丸くしたまま一瞬アランたちをじいっと見て、それから少しあわてたようにうなずき、調子を取り戻したように笑った。

「あるわよ。―――こっち、ゆっくり見て行って頂戴」

「ありがとうございます」

にっこり笑い返したミユキとその肩を抱くともりとアランと。三人で子供服売り場に行く。ミユキの大きな、何と言ったらいいのかわからないけれど、ただの黒じゃない、見たことのない位深い深い眼がらん、と輝いた。

「さあーて選ぶよ! アラン、何色が好き?」

「……いろ?」

もじ、と、アランは居心地悪く小さくなった。……アランはあまり、色がわからない。信号の赤青黄色はわかるけれど、あと黒や白もわかるけれど、でも他の色はよくわからない。見えていてもそれが何色なのか知らないので言葉と結び付けられないのだ。

それでも何か言わなければいけない気がしてアランは小さな声で言った。

「……あ、あ……お……?」

「青色?」

「き……きいろ。……あか」

「なるほど」

ふむ、とミユキがうなずきちょっと考えるように並ぶ服を眺めた。あわてて、

「あ、あの、なんでもいい……やすい、やすいのが、好き」

「ふは、気にしないでいいよー、……だってね、」

屈むことが難しいのだろう。ミユキが声だけをぽそぽそっと潜めて、

「……このお買いものがなかったらわたし散歩の時間まで出歩かせてもらえなかった……」

「だってみーさん、全然妊婦さんに見えないんだよ……誰かにぶつかられて転んだりしたらどうするの」

妊婦さんに見えない、の言葉にアランは大きくうなずいた。まだこれからお腹が大きくなるのかもしれないけれど、ミユキは、二人お腹にいるというのに姿だけではそうとわかり難いのだ。とっても細い。妊婦さんをあまり見たことがないから絶対ではないけれど、妊婦さんってお腹の部分は横にも少し膨らんで、後ろから見ればなんとなくわかる気がするのだ……だけどミユキのお腹というか腰は横幅が細くて、前に少しだけぽこんと膨らんでいるだけなので、うしろから見ると赤ちゃんがいるようには見えない。

「みーさんも子供たちも俺にとってこれ以上ない宝物なの。一生の永遠の宝なの。少なくともこの旅行期間中の外出は絶対俺と一緒」

ともりがミユキの右手をふわっと持ち上げて手のひらにちゅ、とキスした。ミユキが擽ったそうな顔をして微笑う。……かわいい笑顔に心がほっこりした。

「……さて、じゃあ、アラン。選ぼうか」

「あ。……う、うん」

安いもの、と言ったもののアランは数字もよくわかっていない。あのおばさんに、どれが一番安いですかとこっそり訊けば教えてもらえるだろうか。そう思いちらっとおばさんを眼で探したが、おばさんは少し離れたところでにこにことした笑顔でこちらを見ているだけだった。距離があってとてもじゃないがこっそり訊くことなんて出来ない。もぞもぞするアランにミユキが白いシャツを当てた。左胸のところに小さなポケットが付いている。

「シンプルだけどこういうのは必須だよね!」

「俺もみーさんも似たようなの持って来てるしね。うん、いいと思う」

「うん、お揃いっぽく出来る。……ピンクもいいなーでも赤もいいね! アランの金髪が綺麗に映える!」

「青もいいしこっちの緑も水色もいいよ」

「あ、色綺麗だね! いいねいいね……あっネルシャツ! 少し冷える日もあるからあっていいね! やっぱチェックかなー」

「黒と白ならみーさんも持って来てるよね」

「うん!」

……楽しそうに次々とミユキとともりが代わる代わる服をアランに当てて行って、アランは呆然としながら目を見開いていた。お下がりでぺらぺらになった服しか着たことのない(そしてサイズもあまり合っていない)アランに新品の服をこんなにたくさん充てがうなんて絶対に間違っている。アランはあわてた。

「いっ……いい、よ、こんなにだいじょうぶ……赤ちゃん、赤ちゃんのお洋服を買う時にお金を使って」

「―――アランはとってもいい子だね」

ミユキがうれしそうに微笑って、……ともりの手を借りて、ゆっくりと屈みアランの前で膝を付き目線を合わせた。

深い深い綺麗な眼が、アランをやさしく見つめる。

「大丈夫。アランのものを買ったから赤ちゃんのものが買えなくなるなんてことはないよ。……やさしいね、アラン。赤ちゃんのことを考えてくれて、本当にありがとう」

ふわりとやさしく、手がのびて。

アランの髪を、……宝物に触れるように、撫でた。

―――一瞬だけ見えた、手のひらの大きな傷。

ミユキの綺麗な手を横切るように付いた、大きな傷跡。

アランを撫でることにより傷が痛んだりしないのか。さらに傷付いたりしないのか。―――そんなことを思って不安になって、でも。

やさしく撫でてもらえたことがうれしくて。……やさしいいい子だと言ってもらえたことがうれしくて。

アランはぱっとうつむいた。……どうして目が熱くなるのかわからないまま、必死で堪えた。



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