ヘリオスの心音 5
アランはまたミユキとともりの部屋にいた。―――あの時「うん」と答えたけれど、でもまたこの部屋にいることが信じられなかった。
「アラン。食べると具合の悪くなる食べものとか、嫌いな食べものとかあるか?」
キッチンに立ったともりが振り返って訊いて、アランは……アランは首を横に振った。
「ない、と……思う」
「そっか。じゃあとりあえず作るから、食べれそうなものだけ食べて」
「うん……と、もり」
「ん?」
「ありがと……」
弱々しくなってしまった声だった。けれどともりはふわりと微笑った。
「どうたしまして」
……笑顔に、安心した。
「あとでお洋服買いに行こうか、アラン」
服屋さんあったかなあとかさかさ街の地図を広げたミユキがうーんと呻った。大きな眼が真剣な顔で地図を見る。
「格好いい服買おうね」
「……ぼく、お金持ってない……」
「大丈夫、わたしが持ってる」
「俺も持ってる」
「つまり全然大丈夫ってことだね」
「そうなの……?」
でもミユキやともりのお金を使うのだから、全然大丈夫じゃないと思う。……が、ミユキもともりも服を買いに行くという話で盛り上がっていた。……ので、アランはむぐむぐと黙った。ミユキとともりはアランと考え方が違うのかもしれない。
「ああ、でもみーさんはここにいてね」
「えっわたしも行く! のけものいや! のけもの反対!」
「だーめ」
「適度な運動は必要だよー!」
「それはそうなんだけどさ、もうちょっと落ち着いてから……」
「ミユキ、また具合悪くなっちゃったの?」
アランはぎょっとして隣に座るミユキの膝に手を置いた。ミユキが微笑う。
「大丈夫だよ。朝はちょっと気持ち悪くなっちゃうことが多くて」
「お薬は? 病院は?」
「大丈夫、病気じゃないんだ」
「……?」
「お腹に赤ちゃんがいるんだよ」
肩越しに振り返ったともりがとてもやさしい笑顔で言った。……あか、ちゃん?
「……あかちゃん?」
「うん、赤ちゃん」
「ミユキのおなかに?」
「うん」
ミユキが微笑って、アランの手を取った。
「ここに」
ぺたりと、お腹に手を当てられて。
―――とてもあたたかい感触に、アランは心の底から爆発するような感情に襲われた。
「っ……わ、わぁあ……!」
大きな声で叫びそうになって、あわてて口を塞ぐ。お腹に手を付けたままアランはミユキを見上げた。
「ぼ、ぼくはじめて。なでてもいい? 気持ち悪くなっちゃう?」
「ならないよー」
ミユキが楽しそうに微笑った。
「ならないから、撫でてあげて。元気に生まれて来てねーって」
「うんっ……」
そーっと、お腹を撫でる。くすぐったそうにミユキが微笑った。
「ふは、アランかわいい。幸せ」
「かわいい嫁がかわいいアランとかわいいことしてる。幸せ」
「かわいいあかちゃん、元気で生まれてねっ……」
ミユキとともりとアランと、それぞれ別のことを言って―――でもそれは、お互いがお互いの話を聞いていないという訳では、なくて。
一緒の部屋にいても一緒にいる気分になれなかった『お父さん』と『お母さん』とは違って。……『お父さん』も『お母さん』も。
アランがお腹にいる時、こんな風に……こんな風に幸せそうだったのだろうか。
「……」
そんなことはきっとなかったのだろうなと、思った。
「あかちゃんの名前はなあに?」
「今ね、いろいろと考え中」
殆ど決まってはいるんだけどね、とミユキもお腹を撫でた。
「二人、いるから。二人分必要なの」
「……ふたり? あかちゃん、ふたりなの?」
「そう。二人いるの」
双子、というらしい。はじめて聞いた。
「男の子と男の子? 女の子と女の子?」
「男の子と女の子。こういう場合ってどっちに似るんだろうねー」
「ミユキとともりに似るの?」
「似てる部分もあると思うよ、どこがどのくらい似るかはわからないけど……」
「たのしみだねっ……」
「うん。―――元気に生まれて来てくれれば、なんでもいい」
ふは、と、ミユキが微笑った。
ブックマークしてくださり本当にありがとうございます。
何よりの励みになっております。
感謝を込めて。