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アルビレオの邂逅 11


 彼女に連絡したのは一日の仕事が終わりかけていたその時。

 コール音は、すぐに繋がった。……すぐに繋がる。すぐに伝わる。その事実が、本当にうれしくて堪らなくて。

「みーさんっ」

『う、うれしそうだね……』

 若干疲れたような声がした。ややあって、恨みがましく、

『ともりぃ……』

「えっなにその声たまんない」

『ともりくん』

「はいすみません、どう致しましたか」

『足腰まだふらふらする……の、とっ。着る服限られるようなとこに痕残しちゃ駄目……!』

「あはは、ごめんごめん」

『反省の色が全く見られない……!』

 何着ればいいの、と嘆く彼女に自分の行為を思い返る───夢中になって貪った記憶しかない。どこにどれだけ付けていてもおかしくはない。いつかは反省しよう。

「もう少ししたら迎えに行くね。出来る範囲で準備しておいて」

『あ、もう終わるんだね』

 彼女の声が明るくなった。

『じゃあわたしがそっち行くよ、ビルの下まで迎えに来てもらえると』

「……俺が行くよ?」

『ううん。───あのね』

 ふは、と笑う、……彼女のあたたかさ。

『ちゃんと、自分の脚で。───ディーの元にも帰りたいの』

 心の、在り処。

「───うん。わかった」

 笑い合う。───これ以上ない幸福感。

「わかった。───迷わず、来てね」

『うん。───ともり』

「うん」

『愛してる』

「───俺も愛してるよ、ミユキ」




 歩くのは大変だった。───それは、哲学的な意味ではなく。

(世の女性は大変だ……)

 足腰ががたがたする。自分で言うのもなんだが筋肉は付き難いもののフリーランスとしてこの大陸をふらふらあっちこっち彷徨っていたので、体力には自身があるつもりだった。ちょっとやそっとのことじゃへばらない身体だと思っていた。が。

(ちょっとやそっとのことじゃなかった……まるでなかった……)

 そりゃ若い男性の有り余る体力全開に比べたらミユキの体力なんてたかが知れている。そこのところは今後しっっっかり話し合っていかなければ日常生活に差し障る───と決意するが、その反対側から「説得なんて無理だあ」と議論を放り投げるミユキもいたりするので、なんとも世の中世知辛かった。

 それでも。───往きたいところに、ミユキは今向かっている。

「っ……」

 逸る脚。さっきから見えてはいるもののなかなか近付かない背の高いガラスビル。

 ───あそこに、会いたくてたまらないひとたちが、大切でたまらないひとたちがいる。

「っ……っ……」

 急いて。急いて急いて───急いて。

 ミユキは笑った。笑って───大きく、手を振る。

「───ともり!」

 綺麗な髪。

 ともりだけの艶やかな黒。───ふわりと、揺れて。

 黒曜の眼が。───ミユキを見て、子供のようにふはっと笑った。

「みーさん!」

 自然とのばしあった手は、───お互いの手に包まれる。

 ふわっと抱きしめられて。───ミユキは自然と眼を閉じた。

「───つけたあー」

「うんうん、つけたねえ」

「とてもたいへんな道程でした。足腰が。主に足腰が」

「うんうんごめんごめん今日はなるべく手加減する」

「ともりくん」

「なるべく手加減する今日は」

「改まる気が一切ない……」

 いけいけゴーゴー状態の恋人……を恨みがましく見上げたが当の本人はまるでへこたれず、宝物を包むようにそっとミユキの肩を抱いた。

「行こう。───待ち望んでるよ」

「───うん」

 待ちわびているのではなく───待ち望んでいる。

 ずっと、ずっと。───待ち望んでくれている。

 ふは、と笑い合って。───ドアマンの男性に親しみを込めて挨拶し、ビルの中へ入った。すぐに来たエレベーターに二人で乗った。

 ぐんぐん。ぐんぐん上昇して。

 ───ミユキを大切なひとのところへ運んでくれる。

 開いたドアの先に広がる、開放的なオフィス。───その、ガラス張りのドアの向こうで。

 待ち望んでいたひとが、ミユキを見て、笑った。




「───ミユキ」




 そっと、ともりが手を離す。───ミユキは。

 その数歩を、愛おしい距離をたたっと駆けた。

 最後の、一歩。




「───ディー!」




 懐かしい愛称。───自分から、望んで遠去かった癖に。

 会いたかった。会いたかった。

 会いたくて───たまらなかった。




 のばした手は受け止められる。───受け止められて、抱きしめられる。

 抱き付いた勢いそのままにディーがミユキを抱きしめて。子供にするように、くるりと一度回った。

「───おかえり。───僕らの大切な女の子」

 万感の籠もった声。───だって、二人分だから。

 いつだって。───ディーはオーリの心も後生大事に抱きかかえてくれていたから。

 あたたかい腕の中。───涙をこぼしながらミユキは笑った。




「うん。───ただいま、わたしたちの大切なひと」





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