アルビレオの邂逅 9
ぶおーという音と共に温風が当てられる。のぼせかけた、というよりのぼせたミユキにとってはなかなかの苦行だったが、確かに髪を乾かさないと風邪を引く。
大きな手がミユキの髪を梳いてくれるのを感じながら眠気というより疲労感からとろとろと眼を閉じる。しばらくそのままでいて、ぱちんという音と共に「終わったよ」という言葉をかけられて眼を開けた。ひんやりとした冷たい空気を吸い込む。
「ふー……ありがと……」
「どういたしまして。気分は?」
「のぼせた……」
「ごめんね。ほら、これ飲んで」
冷たいスポーツドリンクを渡され両手で受け取った。うっかり落とさないようしっかりと握ってこくこくと少しずつ飲む。乾いた細胞が膨らんでいく感覚。
ぷは、と全部飲み切ると空っぽになったグラスをともりがすっと抜いた。目の前のローテブルにそれを置き、のびてきた指先がミユキの唇の端を拭う。隣に腰かけた、と思った瞬間抱き上げられ横抱きの状態で膝の上に乗せられた。
「ごめんね。どうにも我慢出来なくて」
「ふあ……」
言いつつ、その唇は頬や首筋を撫でるのだから全く信憑性がない。いやある意味あるのだけれど。
一緒にお風呂、は流石に恥ずかしかったので辞退した───はずなのだが、『絶対逃がさない』の発言の通り逃してはもらえなかった。そのままひょいと抱き上げられお風呂に直行、ミユキが起きる前に湯船にお湯を張っていたらしく準備は万端だった。先入ってくれてもよかったんだよともり。
散々いろいろあったとはいえこれはまた別の話で別の羞恥心だろう聞きなさいともりお願いします聞いてください話せばわかると抵抗しても何のその、すっぽり抱きしめられた状態では出来る抵抗もたかが知れていて、結果、ミユキはのぼせてともりはご機嫌、ミユキの身体にはまたいくつか痕が増えた。
疲れ果ててぐったりしているミユキと対照的につやつやにこにこと気力体力と共に充実しているともりと。どうしてここまで差が付くのだろう。世の中絶対に不公平だ。
「ともり、仕事は……?」
「今日土曜だよ? お休みです」
「あ……そっか……」
そうなのか。曜日感覚が全くなくなっていた。
「つまり二日間たっぷり時間をかけてみーさんを愛でられる」
どうして今日明日とこの国は休日なのだろう。
「みーさんをどろどろのぐしゃぐしゃの滅茶滅茶に可愛がれる」
昔から閉じ込めたかったんだよなあ、とうれしそうに言うともりは本当にご機嫌で幸せそうだった。え、っていうことはなに、今日一日、いや二日間、閉じ込められるの……?
「と……ともり。落ち着いて。犯罪の匂いがする」
「大丈夫だよ。同意の上だから」
「そうなのっ?」
「そうなの」
「そ、そうなの……」
あれ、いつ同意したっけ……? 記憶にない。でもところどころ記憶は抜けているだろうからなんとも言えない。
「大丈夫だよ。セーブはするから。徐々に徐々に少しずつどろどろのぐしゃぐしゃの滅茶滅茶にするから」
決定なんですね。
「いやでも……ほら、買い出しとかさ。いろいろね、ほら」
「みーさんが起きる前に食料品は買い込んで来たから大丈夫。三日間は持つよ」
手は既に打たれていた。
「例のブツもダースで買って来たし」
打たれ過ぎていた。
「因みにみーさんの服ほとんど全部洗濯しちゃったから外に出れる服ないよ。家にいるしかないよ」
「強制的過ぎる」
「靴は隠した」
「強制的過ぎる……!」
ぴいっと喚いたがにこにことしたともりに全ていなされる。頬や首筋を撫でられてちゅ、ちゅ、と軽く口付けられ涙目になった。
「と、ともりなんか違くない?」
「何が?」
「い、今までと違う」
「ずっとこうしたかったんだよ。ストッパーが何もなくなったからもう可愛がるの一択。好きで好きで好きで好きで何年も追いかけてたひとがやっと手に入ったんだ、大抵の男はこうなるよ。心配しないで、羞恥心とかもう吹っ飛んでどうでもよくなるくらい隅々まで滅茶苦茶に愛しんで可愛がるから」
それはそれは麗しく微笑む恐ろしく整った顔立ちの青年。
在宅ストーカー。
今後二日間を予想して血の気が引き、わたわたと暴れたが全てかわされ、するりとのびた指先が頬を撫で唇に唇が触れた。




