アルビレオの邂逅 3
───やさしく、やさしく。
頬を撫でられ、眼が醒めた。
「ん……」
ふわふわとやさしく頬を撫で髪を梳いてくれる感触。
心地良くて───涙が出るほど、うれしくて。
「……と、も……」
眼を開ける前に、名前を呼んで、求めて。
ふ、と、とても近くで吐息のように笑った声がした。
「……眼が開く前に名前を呼ばれるって、こんなにうれしいんだね」
幸せそうに紡がれる声に、言葉に。……ミユキは微笑み。
───眼を開けた。
「───ともり」
───大好きな人が、ミユキを抱きしめてくれていた。
「ともり……とも、り」
「うん。───みーさん」
何度も名前を呼び合って。大切に交し合って。
おずおずと抱きしめると、強く強く抱きしめ返される。
拒絶されない。受け入れられて、求められる。
同じように。ミユキが望むのと同じように。
「───っ……」
幸福に。───幸せに。
───何度でも、涙がこぼれる。
「……ともり……」
「……おかえり、みーさん」
「ともり……ともりの、ところに……かえりたかったの……」
「うん。───うれしい」
髪を梳かれて。───耳元でささやかれる。
「本当に、ほんとうにうれしい」
───自分が帰って来たことを。
本当に、本当によろこんでくれる人がいる。───大好きな人が、よろこんでくれる。
こんな幸せが、あるのだ。───ミユキが選んだ世界には、こんなにも素晴らしい幸福があるのだ。
あって、───くれるのだ。
「───会いたかった」
ぽつりと紡がれた言葉は、……ミユキのを読んだかのようで。
ともりが、……一筋涙をこぼしながら、微笑った。
幸せそうに、微笑った。
「会いたかった。───会いたかったよ」
降って来たやさしいキスに。……ミユキも涙をこぼしながら眼を閉じた。
ともりはお風呂を用意してくれていた。ゆっくり浸かっておいで、と言われ在り難くその言葉に従って───何度か使ったことのある浴室に足を踏み入れた。
ふわりと迎えてくれるたっぷりとした湯気。すうっと吸い込むとあたたかく広がり心地良く満たす森林系の清々しい入浴剤の匂い。
日本贔屓で日本式の浴室に惚れ込んだというディーの祖父が建てたというこのアパートメントの最上階、オーナー階は……そのお祖父さんの拘りがいっぱいに詰まっていて、日本人であるミユキにとっても違和感なく過ごせる場所となっている。
「……」
身体と髪をゆっくりと洗って。ちゃぷん、と爪先から湯船に浸かった。
「……」
帰って来た。帰って来た。───帰って、来られた。
やさしく抱きしめてもらえた。何度も名前を呼んでもらえた。
でも。───でも。
「……」
ぼんやりとタイル張りの天井を見つめて。
こぼれかけた涙をぐし、と拭う。
でも。───そろそろ終わりを、考えなくてはならない。
「ともり、どうもありがと……」
ほかほかと湯気を出してリビングに顔を出すと、キッチンに立っていたともりはにこりと微笑った。
「───……」
その笑顔に。愛おしいものを見るような眩しそうな笑顔に。
何度でも。───泣きそうになる。
───その笑顔が自分だけに向けられるものだったらいいのにと望みながら。
「ゆっくり出来た?」
「うん……ありがと……」
「どういたしまして。───雑炊作ったよ。食べて?」
「うん……」
ふわふわと匂うのは懐かしい出汁の匂い。心までも満たすその匂いにふらふらと引き寄せられるようにテーブルに着くと、これもまた形状が懐かしいお椀にふんわりとよそわれた雑炊が置かれた。
とろとろになった卵。香る出汁の匂い。───いつか、かつての少年に出したものと同じもの。
あの時振舞ったものを、今は───誰もが憧れる程立派になった、自立した青年が眼を真っ赤に腫らしたミユキに振舞ってくれる。
「……いただき、ます」
「召し上がれ」
匙を取って。そっと、ひと口。
「───……」
ぼろり、と涙がこぼれた。
「っ……おい、しぃっ……」
ぼろぼろと。ぼろぼろと。───泣きながら雑炊を食べるミユキを、ともりが。───本当に愛おしいものを見る眼でじっと見つめる。
「っ……」
やさしい。やさしい。───何年も待たせるだけ待たして、音信不通で、勝手に消えて───それなのにのこのこと帰って来た人間に対して、どこまでも。……どこまでもともりはやさしかった。
もう駄目だ。駄目だ。
ともりがいい。ともりと一緒にいたい。───けれど。
ともりはやさしいから。───こんなに、やさしい人を。
───周囲が放っておく訳がないのだと、わかっていた。
お待たせ致しました。
間隔は空きますが、再開致します。
よろしくお願い致します。




