アルビレオの邂逅 1
―――ようやく、ここまで来れた。
泣きじゃくる彼女を抱き上げた。細い両腕で、小さな身体で、わんわんと泣きじゃくりながら必死にしがみ付いて来る彼女―――身体が揺れたからというよりも、もう少しも離れたくないというようにただただ縋り付いて来る彼女。
ともり、ともり、と、泣きじゃくりながらそれでも彼女が、自分を呼ぶ。
―――幸福に、眩暈がして。
もう一度顔を寄せて、その小さな唇に重ねた。
「んっ……ふ、ぁっ……」
呼吸の合間、キスの合間にも泣き続ける彼女を強く強く抱きしめて―――ひゅう! と上がった口笛と歓声で、既に多くのギャラリーが出来ていることを知る。ずっとずっと離れていた恋人同士に見えているのだろうか。だとしたら―――だとしたらそれは本当に、本当に。
「―――帰ろう、みーさん」
聞こえているのか、いないのか―――長いキスを終えて彼女にそうささやくと、泣きじゃくりながら名前を呼ぶ彼女は答える代わりにぎゅうっとしがみ付いて来た。答えはない。言葉はない。もうそれどころではないのだろう。―――言葉を挟む余裕すらなく泣きじゃくり、必死に手をのばして自分にしがみ付いて来る彼女。
―――漸く、ここまで来れた。
彼女を抱き上げたまま歩き出すと、取り囲んでいたギャラリーがわあっと沸いて拍手が上がる。ざざっと人波が路を作るように左右に別れて―――わんわん泣く彼女はそれにすら気付いた様子はなく、だから代わりに声を張って宣言した。
「She is back!」
わあっと歓声が沸いて―――祝福の言葉が惜しむことなく。
彼女を抱き上げたまま、ひとりで駆け抜けた路を今度は二人で渡り、ずっと入れ違いで潜っていたエントランスを二人で潜り、エレベーターに乗って―――今度こそ、二人で。
もう二度と、ひとりにはならない。
「ともりっ……ともり、とも、り……! んっ」
腕の中で何度も何度も彼女が自分を呼ぶ。抱えたまま鍵をこじ開けるようにして開け足元が縺れるのもそのままに家に上がり、そのまま床に彼女とゆっくり倒れ込んだ。僅かに身が離れ彼女が嫌がるように名前を呼びながら両腕をのばす。その小さな手が自分にしがみ付くより早く唇を重ねた。
長い長いキス。角度を変えて。泣きじゃくる彼女に何度も何度もキスを送る。
「んっ……ふ、ぁ……っ……んぅっ……」
甘い甘い声。昂ぶって。搔き抱く。
「んんっ……とも、り……とも、んっ……」
僅かに離して、また触れて。やわらかく啄んで、あたたかい咥内も味わって。
ぼろぼろと涙を流し続ける彼女の頬を包む。
「っは……みー、さん」
涙を流し続けるすべてを吞み込みそのまま映す海の底の光のような深い深い眼が―――自分だけを、見つめた。
「ともり……」
―――自分の中で、何かが焼け切れた。
「んっ……!」
小さな声ですら吞み込むように唇を重ねて。―――まるで食べるように。
足りない。足りない。お願い。―――俺なしじゃ、生きていけなくなって。
ぐちゃぐちゃに泣いて。縋って。―――俺に。
もう、どこにも行かないで。
「んぁあっ……!」
身体の下で彼女の身体が力んで小さく跳ねた。それからふぅっと力が抜けて―――はらはらと涙を零しながら、力なくくったりとする。
「ん、とも、り……」
それでも。力の入らなくなったその細い細い腕を、……指先を、必死に。
自分に触れようと必死に手をのばす、彼女。
「―――っ、」
靴を脱がせ、自分も脱ぐのももどかしく。フローリングの床を踏み、再び彼女を抱き上げた。記憶にあるよりもまた更に軽く感じる彼女を抱きしめ、今までなかったくらいの速度で寝室に入って―――ベッドに彼女を横たえ覆い被さってまたキスを送った。拒絶されない。一向に泣き止まず、合間に名前を呼んでしがみ付こうとする彼女。
拒絶されない。受け入れられて、求められる。
―――眩暈が、する。
「ふぁあっ……ぅ、ぅぁあ……っとも、り、ともり、ともりっ……」
深い深い眼が涙を零し続ける。―――感情がいっぱいになって。
悲しいのも。さみしいのも。うれしいのも。幸せなのも。
全部ぜんぶ抱えて、彼女が泣きながら、自分の名前を呼ぶ。
「ともり、とも……んっ……」
泣きじゃくり続ける彼女に何度も何度もキスをして。
何度も何度も名前を呼ばれて、呼んで。
―――のばされ続ける手を、指を絡めるようにして握った。
お久しぶりです。
少しずつですが、どうか、また。
よろしくお願い致します。
追記
分かり難いスタートですが、『スーパーノヴァの幸福』直後の物語です。
どうぞよろしくお願い致します。




