ヘリオスの心音 26
嵐が去って―――朝が来て。
雲から覗く太陽の眩しさにアランは眼をしょぼしょぼさせた。
「アラン」
やさしい声が、はにかむように微笑って呼んで。
そっと手を握られる。―――右手にやわらかい手、左手に大きな手。
夜は明けて。そして朝が来る。
いつだって。
「……君が×××くんだね」
やって来たフキシキョクというところのおじさんは、とても大柄な身体のちょっと怖そうな顔で、けれどやさしくそう言った。アランは。
首を横に振った。
「アラン、です」
「……そうか」
おじさんが笑って。アラン、と呼び直してくれる。
「モーテルのご夫妻は無事です。怪我はしているが、大きなものではない。犯人は全員捕まったし、もう大丈夫だよ」
ともりはおじさんとおばさんと一緒に犯人のひとりに見張られていた―――のだが。倒し、ミユキの元に駆け付けたらしい。すごい。閉じ込めるだけでせいいっぱいだったアランとは大違いだ……とこっそり思っていたのだが、ミユキもともりもアランが無事であることをよろこび、そしてアランを大いに褒めたくさん抱きしめてキスをしてくれた。あったかくて、くすぐったくって、うれしくって―――笑いながらぽろぽろと涙をこぼすアランを、二人はずっと抱きしめてくれた。
夜はこれから何度でも来る。けれど、もう二度と怯えることはないのだろう。
きっと、きっと。―――絶対に。
けれど、朝が来たから。……新しい日が、来たから。
二人とは―――もうお別れだ。
アランとミユキとともりは、たまたま。……たまたまこの街のモーテルで出会った、見も知らずの人なのだから。
アランはこのフクシキョクのおじさんと違う街に行き、そこで暮らして。二人は住む街に戻るのだから。
二人は家に帰るのだから。
ずっとずっと一緒にいて欲しいだなんて―――言えない。
これからもずっとアランといて欲しいだなんて―――言えない。
二人は赤ちゃんを産んで。―――四人で幸せに暮らすのだ。
その家族に、ほんの数日でも。……アランを加えてもらえた幸せを、アランは一生忘れない。
一生、忘れたりなんかしない。
「……ミユキ、ともり……」
だから、笑って。―――ありがとう、って言って。
大好きって言ってくれて、ありがとうって。
あったかくしてくれて、ありがとうって。
お守りをたくさんたくさんくれて―――ありがとうって。
そう言って。―――笑顔で。
さようならを。
さあ。―――アラン。
がんばれ、―――アラン。
「―――アラン」
ミユキが。―――ともりの手を借りて、ゆっくりと屈んだ。
濡れた芝生に膝を付き、アランと眼を合わせて―――ともりもそうして。
二人の眼が、深い深い色をした眼ととても綺麗な黒い眼が―――アランを見つめた。
「アラン。―――少しだけ、待っていて」
―――息が、止まった。
「アランを迎えに行く。必ず、絶対迎えに行く。
そうしたら、帰ろう。一緒に帰ろう。―――一緒に家に、帰ろう」
―――二人は。もう『家族』で。
だけど。だから。
『家族』を選んだから。
アランを。―――アランも。
「っ……」
選んで―――くれた。
「っ……うんッ……!」
ぼろりと、涙がこぼれた。ぼろぼろと、ぼろぼろと―――熱い涙が頬を伝って流れ、アランは。
アランは何度も何度もうなずいた。
「うんっ……うん、うんッ……まってるっ……」
選んで。選ばれて。―――アランも。
アランも、選んだ。
アランが、選んだ。
「ぼくもおうちに、かえりたい」
―――二人が、微笑った。
「うん。―――待ってて」
「待ってて。―――アラン」
やわらかい手とあたたかい手が、アランを抱きしめる。
聞こえる。聞こえる。あたたかな音。やさしい音。
かけがえのない、―――大好きな家族の心臓の音。
「待ってて、アラン」
それが最初だった。
アランと両親が交わした、最初の約束だった。―――そして。
―――そしてアランは、十年前のことを思い出す。




