ヘリオスの心音 20
うつらうつらとして―――眼が醒めた。
ぽたんと冷たい水を胸に垂らされたかのように。
「―――ミユキ? ともり?」
いつの間にかアランは寝室に居た。ベッドの上、毛布に包まれて。
しんとした室内。嵐はまだ去っていない。―――二人のぬくもりだけを消して。
『声を出すな』
一瞬のノイズ。はっとして周囲を見て―――ベッドサイドに置かれていた黒い物体、サムをそっと手に取る。
まっすぐに見つめて。こくりとしっかりうなずいた。
(……ミユキとともりは?)
声は出さず、唇だけで言う。『鞄』と抑えた声でサムが言った。
靴を履いたまま横たえられていたのでそうっとベッドから下り、足音を潜ませ歩く。……ともりの鞄に行き着いた。何か入っているのかと、ともりに申し訳なく思いつつもそうっと中身を開けて―――それを手にした瞬間一瞬だけ抑えたノイズが鳴る。小さな白いもの。多分耳に入れて使うもの。
見よう見真似で耳にそれを押し込むと、ざざっと小さくノイズが鳴った。
『……聞こえるか』
大きくうなずく。耳に入れたそれ(イヤフォンだとサムが教えてくれた)と黒い物体。それでサムは眼と声を手に入れるらしい。今まで黒い物体から声が聞こえていたがそれはなくなり、イヤフォンをしたアランにしか聞こえなくなる。
『うなずけばわかるから、君は喋るな。……何があったかを説明する』
思わず「二人はどこ?」と問いそうになって寸前で堪えうなずいた。
『このモーテルのオーナーが姿を眩ましたんだ』
「……!」
カインズおじさん。おばさん。眼を見開いたアランにサムが説明を続ける。
『だがこの天候だ。二人をどうにかしたところで外に連れ出すのも骨が折れる。……犯人はこのモーテルにいるはずだ』
「……」
犯人。
『君を攫いに来た犯人だ』
アランの予感をサムは否定しなかった。
『アラン。―――両親が君を売ろうとし相手は、既に君の値段を決め更に別の場所に金を借りていたんだ』
「……」
……何も、思わなかった。それより。
「……ミユキと、ともり……!」
アランは駆け出した。寝室から飛び出し、瞬間、稲妻の一瞬の光を受けた不思議な色の髪がふわりと広がる。
ミユキは無言でアランを抱きしめた。そのまま、―――あまりよくは動けない身体を懸命に屈めアランの耳元でささやく。
「アラン、大丈夫だから。ベッドの下に潜っていて」
「やだ―――!」
「アラン。静かに。大丈夫だから」
「ともりは? ともりは?」
「ともりは周囲を見に行ったよ。大丈夫」
ぎゅっと手を握ったミユキがソファーを支えにゆっくりと立ち上がる。―――その時。
どこか遠くでガラスの割れる音がした。
「!」
ミユキが身を翻した。アランに手早くリュックを背負わせレインコートを着せ、そして、
「ミユキ!」
アランは抑えた声で叫んだ。ミユキがアランを抱き上げたのだ。そしてそのまま窓の外に出す。
「アラン、どこかに隠れて」
「でもミユキがっ、」
「大丈夫」
にこりと微笑う―――こんな時でさえ。
こんな時でさえ、やさしく。
「大丈夫。―――連れて行かせたりしない」
ばたん、と。
窓が閉められた。―――けれど。
閉め出されたわけじゃない。―――アランは。
護られているのだ。
「っ……」
アランは。―――唇を噛み締めて。
駆け出した。しっかりとした作りのスニーカーは水を跳ねてもきちんと弾いてくれる。レインコートは水を通さず、下に着た分厚い上着はアランの体温を逃がさず包んでくれる。
二人がくれた。二人がアランを護るために買ってくれた。
「―――サム!」
生垣の割れ目に飛び込んで。そうして人目と雨風から逃げて、アランは轟音に敗けないように叫んだ。
「サム! 力を貸して! ―――ぼくがみんなを助けるんだ!」
耳元でノイズが微笑った。
『―――よく言った』




