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ヘリオスの心音 18


「……ん……」

 ふわふわとしたやわらかくてあたたかい何かに、アランはもぞもぞと潜った。……あたたかい。とてもとても、あたたかくてやさしくて気持ちがいい。

 ―――気持ちがいい?

「……ぅ……ん……?」

 ぼんやりと、眼を開けて。……眼の前にある、なにか……やわらかい毛布の下からもぞもぞと出る。

「……ああ、アラン。起きた?」

 抑えた、けれどもとてもやさしい声。

 ひそりとともりに声をかけられ、アランは……こくんとうなずいた。すぐに理由はわかった。

 隣でミユキがぐっすりと眠っていた。

「……さっきまで、起きてたんだけどね。赤ちゃんがいると、とっても眠たくなるみたいなんだ」

「……あかちゃんの分までミユキが眠ってるんだね」

「そうだね」

 ミユキと一緒にかけられていた毛布から出る。ふわふわでとってもやわらかい、大きな毛布だった。昨日まではなかったものだ。

「雨が降って来て、だいぶ気温が下がったんだ。念の為持って来た毛布なんだけどね。持って来て正解だったよ」

 言いながら、ともりが一着上着を手に取った。分厚いパーカー。アランが買ってもらったもの。おいでおいで、と手招きされたので足音を立てないように向かうと、ともりはアランにそれを着せてくれた。

「これで寒くない?」

「うん、すっごくあったかい」

「そっか。寒くなったらまた毛布に入るか、ストールがあるからそれを巻こうか」

「ぐるぐる?」

「ぐるぐる」

 ちょっとおもしろそう、と思った。あとでお願いしてぐるぐるにしてもらってもいいかもしれない。

「おやつがあるよ。リビングに行こう」

「うん」

 ミユキの方を見る。相変わらず、ぐっすりと眠っていて……むぐ、とアランは口を噤んだ。どうしよう、とともりを見上げると、微笑って頭を撫でてくれる。

「大丈夫だよ。隣の部屋にいるから、何かあったらすぐにわかる。……心配してくれてありがとう」

「……うん」

 小さくうなずいて。

 そっと、寝室をあとにする。……ともりがハチミツ入りのホットミルクとお月さまのクッキーをだしてくれた。椅子によじ登ろうとするアランをひょいとやさしく抱っこし椅子に座らせてくれる。

「ありがと、ともり」

「どういたしまして」

 ぱくん、とひと口。……ふふ、と微笑うとともりも微笑った。

「―――大丈夫なのが、大丈夫じゃないよね」

「……」

 微笑ったまま。やさしい笑顔のまま、やさしい声で。―――言われたともりの言葉に、アランは。

 ……小さく微笑ったまま。うなずいた。

「みーさんはね。家族を奪われたことはあっても、家族を選んだことはあっても―――家族に裏切られたことは、ない。……損なわれたことも、棄てられたことも。……だからこれは、俺の方が、……俺だけが理解出来る」

 ゆっくりと。―――ともりが。

「『楽になる』って―――苦しいよな」

 ―――じありと、視界が歪んだ。

 ぽろり、と一筋涙がこぼれて―――アランは。

 拭うこともせずクッキーを齧った。

「自分の親のことを。家族のことを。……本当ならば好きになるはずだった、神さまみたいな存在のことを。『もういいや』って……心があきらめて、もう、少しも想いを寄せられなくなるって―――本当に苦しいよな。―――自分が」

 アランが、

「自分が、ろくでなしの最悪の人間のようで」

 そう。―――そう。

 辛い。辛い。

 苦しい。痛い。

 ―――ずっとずっと『いい子』でいた時には、決して訪れなかった痛み。

 我慢し続けるべきなんじゃないか?(だってあのひとたちはアランの両親だ)

「違う」

 許してあげるべきなんじゃないか?(だってあのひとたちはアランの両親だ)

「違う」

 そもそも許すだなんて、自分が言う立場じゃないんじゃないか?(だってあのひとたちはアランの両親だ)

「違う」

 アランにしていたことは、全て全部―――正しいんじゃないか?(だってあのひとたちはアランの両親だ)

「違う。―――違う」



「残念だけど。―――アランは何も間違ってないんだ」



「……」

「何も。何も、何も。……間違ってたのはアランじゃない。アランじゃない。―――アランが庇ったり、アランが我慢したり、アランが許したり。……もう、そんな話じゃないんだ。『アラン』だけで済む程、『お父さん』と『お母さん』がアランにしたことは、完結する話じゃないんだ。……警察や、周りの大人……周囲の誰もが『それはいけないことだ』って、『お父さん』と『お母さん』に言うようなことなんだ。罰を与えるようなことなんだ。……もうアランの力で終わらせられることじゃ、ない」

「……」

「……『『自分』の力の及ぶ範囲で終わらせておけることだったら』って、思うよね」

「……」

「『終わらせることが出来なくても、『自分』さえ我慢して、隠しておいておけたら』って、思うよね」

「……」

「……でも。……それはとても、……とてもさみしいことなんだ。悲しいことなんだ。……もう二度と、選んじゃいけないことなんだ」

「……」

「アラン。―――不幸になることを、アランが不幸を選ぶことを。……俺もみーさんも決して許さない。許せないんだ。

 だから、―――やめておきなさい」

 ともりが。

「いつか。―――そう遠くない将来、絶対に、わかるから」

 どうしてだか、……今にも。

 今にも泣き出しそうな顔で、……言った。




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