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ヘリオスの心音 16


 すやすやと眠るミユキの部屋からそっと、サムを連れ出した。『悪阻は人それぞれだ。早くましになるといいんだがな』

「頑張って食べてくれるんだけどね。体調によってはあとで吐いちゃうから……」

 ともりがふるっと首を横に振った。心配そうなその仕草に「お薬はだめなんだもんね?」と一応訊いてみる。小さくうなずかれた。

「お腹の赤ちゃんに良くないから薬は飲めないんだ。……耐えるしかない」

「……そっか……」

「……こういう時、嫌になるね。全部俺が引き受けられたらいいのに」

『……そうは思っていないだろうけどな。君が苦しむ立場じゃなくて良かったと暢気に考えているような人間だ』


「知ってる」

 ともりとサムが会話をしているところはなんだか新鮮だった。ともりが一度ミユキの様子を見に行き、ぐっすりと眠っているのを確認してからリビングに戻って来る。

「―――アラン」

「うん」

「……辛いことを訊くかもしれない。……嫌だったら答えなくていいからね」

「……うん」

「お父さんとお母さんは、何か言ってた? 何でもいい。アランに対してじゃなくても、二人でどんな会話をしてたとか……何か覚えてる?」

「……」

 考える。―――ともりは黙ったままだ。サムも、また。

「……なんだか、ちがったみたい」

「……違った?」

「うん。……えっと、お話? がちがうって、『お父さん』が……ここに来ればよかったんじゃないのかって、言ってて……お金がないのにどうしようって……」

 後半は、尻すぼみになった。おじさんとおばさんの反応を見るに『お父さん』と『お母さん』は払うべきお金を払っていない……アランが払うにもアランだってお金を持っていない。

「……このモーテルに来れば何かがあるはずだったんだね。だからお金がないのにここに泊まりに来た。なのに何も起きなかった……そういうことかな」

「……かもしれない……ごめんなさい、あとはなにもわからない……」

『もとより強く期待していたわけじゃない』

「サム」

『……ここまでわかるとは思ってなかった、上等なくらいだ。……という意味だ。思いもがけずに多くのことがわかったということだ』

 しょんぼりとしたアランを見るまでもなくともりがサムを呼んで、サムが言葉を足した。そっか、と少し心が浮上する。

「うん、だいじょうぶ。ありがとう」

『僕が素っ気ないのは?』

「ぼくが壊れたら嫌だから」

『そうだ』

 うん、とうなずいた。

 ともりが。……小さく微笑った。




「んー……」

 起きて来たミユキはぼんやりとしていたようだったが、ともりから大体の話を聞いたようだった。少しだけあたためたヨーグルトにジャムを落とし、それをゆっくりと口に運んでいる。……ミユキの深い深い色をした眼が奥底で音もなく輝きを増したような気がした。

「……」

 きらきらと―――きらきらと。

 静かに静かに、―――その眼が輝く。

「―――そう」

 ミユキは。……とん、とん、と指先を軽く叩いた。

「……調べることがひとつ。……ともり」

「うん。……さっき、カインズさんを呼んだ」

 このモーテルのおじさんとおばさんはカインズさんというひとらしかった。

 ともりが、……少しだけ険しい口調で言葉を押し殺す。

「……このモーテルと似ているモーテルがこの街にあるか、だよね」




「ああ、あるよ。街の丁度反対側に―――ただあそこはガラも悪くて年中ネズミが湧いているようなところだ。清潔のせの字もないね」

 しかめっつらをしたカインズおじさんはそう言って、腹立たしげに続けた。

「しかもだ。このモーテルが『カインズ』、あっちが『コリンズ』―――スペルがまるで違うのに、しょっちゅう間違われる。改名も考えたがどうして俺たちがあいつらに遠慮して変えてやらなきゃならない?」

「……」

 アランも―――なんとなく、わかった。

 『お父さん』と『お母さん』は、……間違えたのだ。

 カインズとコリンズを。―――本当はここよりももっとガラが悪く不潔な安いモーテル、コリンズに行くはずだったのだ。

「―――……誰かと会う予定だったんだね。そしてそのひとからお金を貰う予定だったんだ……」

 ぷんすかしているカインズおじさんはそれでもアランを気遣って、そして妊婦さんであるミユキも気遣って、そしてその二人の面倒を一人で看ているであろうともりも気遣って、そして出て行った。よく怒るけどいい人なんだろうなあと思う。というより、いい人を何度も怒らせてしまうようなことが起きてしまっているのだろうなあと思う。

「……でも……」

 ミユキの言葉にアランは首を傾げた。

「お金って……ただじゃ、もらえないでしょう? なにかをあげなきゃ……そんなもの、なかったと思うよ?」

 大体あげられるものがあるのならこの街に来ないで、とっくの昔に誰かにあげてお金をもらっていたと思うのだ。……アランの言葉に、ミユキとともりはうなずいた。

「そうだね。……まあ、今考えても仕方ないか」

 それよりちょっとお腹減ったかもとミユキがお腹を撫でる。無意識だった。勝手にアランの手がのびて、ミユキのお腹をゆっくり撫でる。……こうやってあったかくしたら、お腹の中のあかちゃんも気持ちがいい気がして。

 ミユキはふは、と微笑って、アランの頭を撫でてくれた。




―――さて。

ずっとずっとアラン少年の眼線で描いて来たこの物語も―――そろそろ限界が来たようだ。

 ここからは、大人同士ではじめよう。



 皆さまはもう、お気付きかもしれない。

 アラン少年の『お父さん』と『お母さん』には、お金になるものなんて何一つなかった。 

―――はずだった。

 アラン少年はそれに気付かなかった。当たり前だ。そのことを想定すらしなかった。

 けれども―――深い深い眼をしたひとが、それに気付いた。

 アラン少年に何も気付かせず。

 何も気取られず。―――それに気付いた。




 結論から言おう。―――アラン少年の臓器には、多大な価値が付けられていた。





再開致します。

長らくお待たせ致しました。

1日置き、次回からは0時に投稿致します。

よろしくお願い致します。

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