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ヘリオスの心音 15


 どのくらい眠ったのかはわからなかった。ただ、ふうっと自然に意識が浮かび上がるようにぼんやりと眼を開けると、……そこにはともりがいた。

 とてもやさしい顔でミユキを、……アランの髪を撫でる。

 大きな手。あたたかい手。ミユキより少しだけ硬くて、少しだけ体温が高い。……安心する。ミユキの手もともりの手も―――どっちもとてもやさしくて、……アランはどうしてだか、心がぎゅうっとなる。

 うれしいのに、……涙がこぼれそうになる。

「―――愛してる」

 ともりが何か、丸みを帯びた音のする外国語で言って―――ミユキの髪を撫で、おでこにキスを落とし、お腹にも落とす。……眠っているはずなのに、ミユキの顔がふわっとうれしそうになった気がした。

 ともりが視線をアランに移して―――アランが起きていることに気付き、おや、という顔をして、……それから、微笑った。

「おはよう、アラン」

 やさしい手がさっきよりもしっかりとアランを撫でて、おでこにちゅっとキスされる。……まさかアランにまでそうしてもらえるとは思ってもいなかったのでどぎまぎした。

「……おはよう、とも……」

 くきゅうううう、とお腹が鳴った。……アランのお腹、から。

「……」

 思わず黙ってしまったアランにともりが静かに微笑った。さらさらと髪を梳かれ、

「朝ご飯まだだったね。―――おいで、一緒に食べよう」

 そんなことを言ってくれたのは、……やっぱりミユキとともりがはじめてだった。




 ミユキを起こさないように二人でそうっと足音を忍ばせてリビングへ出る。ふわん、といい匂いが漂って、アランのお腹は今度はぐきゅうううううっと鳴った。

「……」

 さっきよりも酷かった。恥ずかしくて真っ赤になっているアランをひょいと抱き上げたともりは椅子に座らせてくれて、「ちょっと待っててね」と言ってキッチンのコンロに火を付けた。

「もう出来てるよ。ちょっとあっためるだけだから」

「……うん」

 申し訳ない気持ちと、このいい匂いのする何かを早く食べてみたいという気持ちと。ミユキもともりもアランにお腹いっぱい食べさせてくれるから、当たり前のようにまたご飯をくれると思ってしまう。

とんとんとん、包丁のリズミカルな音。……ともりも料理をするのだな、と改めてアランは思った。……クッキーを作ってくれたとミユキは確かに言っていたけれど……『お父さんの』は冷蔵庫を開けて「おい! 酒がねえぞ!」と怒鳴るだけで、キッチンの前に立って料理をしたりすることは絶対になかった。

「……ともり」

「ん? なに、アラン」

「ともりは……おさけ、のむ?」

「たまに飲んでたよ。今はみーさんが飲めないから俺も飲んでないけど」

「そうなんだ……たばこは?」

「吸わないな。これからも吸わない」

「そっか……」

だからミユキもともりも苦い匂いがしないんだ、と思った。石鹸の匂い。お日さまの匂い。あたたかな匂い。……ミユキは更に、どこか甘い匂いがする。

ことこととともりが小さなお鍋で何かを作り出して、アランはそわそわとした。……ふんわりと香るのはとってもいい匂い。なんの匂いだろう? 嗅いだことはない匂いだったけれど、とってもお腹が減る匂いだった。

止まることなく動き続けるともりの背中をじっと見つめている内に朝ご飯は出来上がったらしい。……ことん、と眼の前に置かれた、深いお皿……ころんとした形の変わったお皿にはライスが盛られていた。けれどなんだかとろとろとしていて、小さく切った野菜とお肉が混ざっている。……おいしそうな匂いの正体はこれだった。でも……なんだろう?

「おじやって言うんだ。熱いから気を付けて」

言いつつともりは木の匙を手に取りオジヤを少しだけ掬った。ふーふーと息をふきかけてから、

「はい、あーん」

「……?」

 よくわからなかった、が。……もしかして食べていいのかなと思い、口の前に差し出されたそれをぱくんと食べてみる。怒られない。ぶたれない。もにゅもにゅと噛んで、

「……っ、おい、しい!」

 これもおいしい! と眼を輝かせたアランにともりは微笑った。

「よかった。お腹いっぱいになるまで食べていいからね」

「うんっ……」

 ともりからスプーンを受け取って、真似をしてふーふーとしてから食べてみる。おいしい。とってもおいしい。

 もぐもぐと食べ続けるアランをともりはじっと見て言った。

「アランと俺はそっくりだよ」

「……ぇ……?」

「俺もね、アラン。―――みーさんに拾われたんだ」

 ともりは。……穏やかに微笑った。

「お腹が減って、もう一歩も動けなくて、悲しくて……でもどうして悲しいのかもわからなくて。こんなの不幸に入らないって必死で思って。必死になって―――だけど。……駄目だった。ひとりで立っていられる程俺は弱くなかった。……強いから、誰かと一緒にいられるんだ」

「……そう、なの……?」

 強いならひとりでいられる気がするのだけれど。……ともりは首を横に振った。

「ひとりでいられるのは弱い人間だよ。……誰かと一緒に、ちゃんとした意味で……ちゃんと一緒に『居られる』人間の方が、ずっとずっと強い」

「……」

 ともりは。……ミユキとずっと、一緒にいる。

 ミユキも。……ともりとずっと、一緒にいる。

「……」

 ―――アランは?

「ミユキは強い人だと……思う」

「どうして?」

「……傷。あんなに大きいのに……痛くないって、言った。……一度も痛くないんだって」

「うん」

「……ぼくは痛かった」

ぶたれてできた傷は全部、痛かった。

「……傷付き方を選んだんだよ」

「え……?」

「傷付き方を選んだ。傷さえも、選んだんだ。……堂々と真正面から傷付くことを選んだ。上手くいくかはわからない。耐え切れるのかも、堪えられるかもわからない。―――でも絶対に譲りたくないから躊躇わなかった。躊躇わなく―――試してみようと、思った」

「……」

「……笑う?」

「……ううん」

ふる、と首を横に振る

「ううん。……格好いい」

「うん。―――だよな」





活動報告を更新致しました。

そちらも是非、よろしくお願い致します。

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