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ヘリオスの心音 14


「おはよう、アラン」

 膝に縋り付くように抱き付いたアランのさらさらになった髪をミユキがゆっくりと撫でた。

「朝ごはん食べようね。準備するからちょっと待っててね……ともりが」

「うん。みーさんちょっと横になってな。顔色が良くない」

「……朝は駄目だねー……」

 昨日のお昼と比べて青い顔色をしたミユキのことをともりがゆっくりと抱き上げた。そのまま寝室の方へ向かおうとしてアランに軽く目配せする。こくっとアランはうなずいてドアを開けた。飛び出した寝室に今度は望んで入って、ともりがそうっとミユキをベッドに横たえるのをじっと見守る。

「ミユキ、だいじょうぶ……?」

「大丈夫、朝はちょっと疲れやすいだけ……そういう人も結構いるんだって」

『だったら話は任せておけばよかっただろう』

「そういうわけにはいかないでしょ」

 むうっとミユキが唇を尖らせた。当たり前のようにサムと話しはじめるところから言って、ミユキはわざと寝室にサムを置いて行ったみたいだった。

「アラン、サムとはもう話した?」

「うん、話した」

「そっか。ひねくれてたでしょう?」

『君の周囲の人間だからな』

「友達じゃないから選べなかっただけですー」

 横たわりながらもミユキが言って、ともりがちょっとふくれてミユキの唇をふにゃんと摘んだ。

「んにゃ」

「みーさん、寝てて? 俺もう少し話したら朝食作るから。……アラン、みーさんのこと見ててくれる?」

「うん」

 大きくうなずくとともりは微笑って「ありがとう」と言い部屋を出て行った。アランは聞かなくていいのだろうか。

 ともりが出て行って、ミユキと二人だけになって。……ミユキが、微笑ってアランに小さく手招きした。

「アラン、おいで」

 白い手がやさしくアランを呼んで。

アランは迷うことなくぱたぱたと駆け寄った。ベッドによじ登りミユキの横に座ると白い手がふわりとのびてぱたんと倒される。ミユキと向き合う形で横になりアランはきょとんと瞬きした。

『個人差はあるが悪阻はまだ続くだろう。朝は起きなくていい』

「そういうわけにはいかないでしょ」

『動くなと言って心底うれしそうに甲斐甲斐しく動く夫がいるならいいだろ』

「……言ってることはわかるんだけどさああ。あーもう、ともり大好き」

「俺も大好き愛してるみーさん!」

「何でドア越しに聞こえるのっ?」

ともりが部屋に飛び込んで来てミユキに駆け寄り抱きしめ顔中にキスの雨を降らせてアランのおでこにもキスを落としすごい早さで出て行った。開いたドアの隙間から一瞬見えたおじさんは訳がわからないようでぽかんとしていた。

「……ともりってミユキのこと大好きなんだねえ」

「そう! よく言ったアランもっと言っておいて!」

「し、知ってるっていうかそっちの話に集中して! ……そう、だね。……とっても幸せなことに」

ミユキがぽそぽそとした声で言った。恥ずかしいというより隣の部屋のともりに聞こえないようにということなのだろう。……絶対にあり得ないはずなのに、聞こえている気がするけれど。

「……ミユキ」

「なあに?」

「おなか……撫でても、いい?」

「いいよ。アランの髪を撫でてもいい?」

「……いいの?」

「撫でたいの。いい?」

「……うん、ありがとう」

 さらさらと、……やさしい指が、やさしく……やさしくアランを、撫でる。

 気持ちよくて。

 心がふわっとする。

「……赤ちゃんってどうしたらできるの?」

「パパとママが仲良くしていて、赤ちゃんと巡り合わせが合ったらお腹に来てくれるんだよ」

「……『お父さん』と『お母さん』も、仲が良かったのかな」

「……そうだね」

さらり、と、やわらかい指がアランのさらさらになった髪を梳いた。横たわったままそっと背中を抱きしめられて、やさしく髪を撫でられて―――あたたかさとふわりと香る石鹸の匂いとどこか甘いいい匂い。煙草の匂いもツンとするおさけの匂いとは違う、やわらかくて大きく深呼吸したくなる匂い。

ふくらんだお腹をそっと撫でる。

「……ミユキとともりは最初から仲が良かった?」

「ううん。……最初はね、お互い……どこか遠かった」

とても懐かしいことを思い出すかのように。くすりと小さく、ミユキが微笑う。

「だんだん、少しずつ、いろんなことを重ねて……仲良くなったの。……ずっと一緒にいたいなって、思うようになったの」

「……」

 ―――いいな、と思った。

 ミユキとともりは―――『ずっと一緒にいたい』と思うようになるまで、……一緒に、いられたのだ。

 ゆっくりとやさしく、ミユキがアランを撫でる。……もっと。

 もっと撫でてなんて、……言えないけれど。

(……あ)

 ミユキがゆっくり、アランを抱え込むようにして抱きしめた。少しだけ膨らんだお腹をそっと挟んで、ミユキの胸にアランはほっぺを押し付ける形になる。……その音が聞こえたのは、その時だった。

 とくん、とくん……

 ―――聞いたことのある、あたたかい音。

「……ミユキ、ぼくと同じ音がする」

「ん……音?」

「うん……とくん、とくんって」

「ああ……心臓の音、だね」

「……心臓?」

「うん。―――ここのこと」

 胸に手をそっと引かれて、アランはぺたりと手を付けた。

「ここが動いているから、音がするの」

「……止まると、音がしなくなるの?」

「そうだね。……息を、しなくなるということだから」

「……じゃあ音がするのは生きてるしょうこ、だね?」

「そう。―――生きてるって、あったかい音がするってことなんだ。わたしもこの音大好きなの」

「……うん」

 ミユキのあたたかい身体にぴとりと耳を付けて、音を聞いて。……起きたばかりなのにとろんと眠たくなって来る。とくん……とくん……ミユキの音に、アランも溶け込んでいったかのように。

「……ミユキも、こうやって誰かの音を聞くの?」

「うん。―――ともりのを、よく聞かせてもらうの。安心して眠たくなるんだ」

「……一緒だね」

「アランと?」

「うん」

「そっか。―――うれしいな」

「ん……」

 ミユキの声がとろりと溶けるようにふにゃりとする。―――ミユキも眠たいのかも、しれない。

 アランは小さく息を吐いた。そうして、自然に吸って―――とくん、とくんと音を立てて。

 ミユキの言葉が頭の中にふうっと浮んで、いつまでも残る。

 生きていると、……あったかい音がする。




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