ヘリオスの心音 13
『……昔は僕も子供だったはずなんだ。けれどそれを、覚えているけれど上手く思い出せない』
「うん」
『……子供は苦手なんだよ。すぐに壊れそうだ』
「……そう?」
『ああ。何を考えているのかさっぱりわからない』
「大人もわからないよ」
『お父さん』と『お母さん』をを思い出してアランは言った。煙草を吸って、お酒を飲んで、テレビを大きな音で見てご機嫌にして……そうしていたと思ったのに気付けばアランは蹴飛ばされ怒鳴りつけられ物置に閉じ込められている。痛くて、怖くて……大人はわからない。
「じゃあ、どうしてサムはそういう話し方をしているの?」
『それは子供に対してということか』
「うん」
『……壊れたら嫌だろ』
「子供が?」
『そうだ』
「……そっか」
壊れたら嫌。だから壊したくない。だから少しだけ距離を置いて、でもちゃんとアランと話をしてくれる。
「僕、そんな簡単に壊れないよ。ドアノブみたいに硬いものだと思ってよ」
『ドアノブは意外と壊れる』
「じゃあ壊れないドアノブだと思ってよ」
『壊れたところでドアノブなら直せるが、君は直せないだろ』
「そっか」
『そうだ』
確かにミユキのお腹はとても壊れ易いものに見える。それと同じような感覚なのだろうとアランはうなずいた。
「じゃあ約束するよ。ぼく、サムと一緒にいたら絶対に壊れないから」
『……』
どうしてだか、サムは一瞬完全に黙った。
「どうしたの?」
『……いや』
「……?」
『そうか。壊れないか』
「……? うん」
『そうか。―――なら僕も約束しよう。僕がいる限り君を壊させたりしないと』
「……? ありがとう」
よくわからなかったけれど、アランはうなずいた。
「ねえ、サム」
『なんだ』
「もう隣の部屋に行ってもいいと思う?」
『駄目だろうな』
「どうして?」
『壊れないか?』
「壊れない」
『車の中から一人の焼死体が見付かった』
「……焼けて死んだって、こと?」
『そうだ』
「……『お父さん』と『お母さん』、どっち?」
『現在調査中だ。だからまだわからない。―――その両方じゃない可能性もある』
「……」
『お父さん』と『お母さん』の車が燃やされて、けれどその中で死んだ人が『お父さん』でも『お母さん』でもないなんて、そんなことは……ない気がした。
「……ねえサム」
『何だ』
「……ミユキとともりに会いたい」
『じゃあドアを開ければいい』
「いいの?」
『いい』
「さっきは駄目って言ったのに?」
『状況は駄目だ。だがそれで君の心が満たされるのなら二人はそれを何よりも優先するだろう』
「……」
よくわからなかった。わからなかったが―――我慢出来ずにアランはぱっとドアに飛びついた。そのまま勢いよく開けて飛び出る。
「アラン」
椅子に座っていたミユキが立ち上がりかけた。それをともりが手伝おうとしたがその前にアランが辿り着き、ミユキとともりにきゅうっと抱き付く。どんな風に返されるか怖くて、こっそりと息を止めて―――けれどそれは、ミユキにやわらかく、ともりにしっかり抱きしめ返されたことにより、ふうっと溶けるような呼吸になる。―――あったかくて、安心する。