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ヘリオスの心音 12


『―――子供というは結局、どのくらい眠るのが適切なんだ』

 どこか落ち着きのなさを孕んだ声がそう言って、……アランは眼を開けた。

「……みゆ……とも……」

 意識せずとも勝手に瞼は下りてゆく。やわらかく明るい朝の日差しが少しだけ開いたカーテンの隙間から入り込み、外が朝だと報せていた。

「……」

 ぼんやりと視線を巡らす。整えられていた大きなベッドは使ったあとだから、違う、今アランが使っている最中だから少し皺が寄っていて、ふかふかと白い海のように広がっている。

 右を見る。少しだけベッドより低い位置にこっちのベッドよりかは小さなベッド。それがくっ付けられていてとても広いひとつのベッドになっている。アランが今ぺしゃりと沈んでいる方は二人用のベッドで、新しくくっつけられたベッドは一人用。だけどこんな風に繋いだらそれが何人用かだなんて関係がなくなる。

 左を見る。くっ付けられたソファー。これはアランが落ちないようにとしてくれたもの……なのだ、けれど。……アランは端っこで寝たはずなのに今はベッドの真ん中にいる。……ミユキのお腹を蹴ってしまうかもしれないから怖くて、絶対はじっこで寝る、ミユキの隣では眠らないと言ったらミユキがしょんぼりしてしまって―――あわてた。本当はミユキの隣で眠りたいんだよと繰り返すと元気になって、仕方ないねとミユキ、ともり、アランの順で大きくしたベッドで眠った。―――はず、なのだけれど。

 どうして真ん中で眠っているのかなあと思いながらぽりぽりとほっぺを擦る。ミユキとともりの姿はない。けれどドアの向こうから人の気配がするから、アランは怖くなかった。……でも、あれ。

 人の声がした気がして、起きたのだけれど。

『……十三時間。一度も起きず眠っていたのだから―――子供だろうし、不足はないだろう』

 やっぱり『声』がした。……男の人の声が。

 きょろきょろとして―――首を傾げる。誰も、いない。……けれど。

「……こんにちは?」

 そんな気がして、アランはベッドサイドにあるチェストに置かれている黒い物体に向けて話しかけた。『お父さん』や『お母さん』が持っていたスマートフォンとは少し違う気がする、全体的に艶のない小さい何か。なるべく丁寧に挨拶すると、『声』は一度黙った。そして、

『……挨拶がきちんと出来ることはいいことだ』

 硬い声で、言った。少し考えて―――その言葉はきっと、『声』にとっての『こんにちは』なんだな、と考え付く。

 だったら構わない、とアランは言葉を続けた。

「えっと、ぼくは―――」

『知っている。名乗らなくていい』

「そう、なの?」

『どんな風に呼ばれていたのかも知っている』

「……」

 犬の名前。そういえばそういう名前だったと思い出し―――小さく俯く。『声』が少し早口に続けた。まるでアランの様子が見えているかのように。

『たまたまそう呼ばれていただけだ。君が選ぶのならば何をどう引っくり返しても『アラン』だろう。それとも『アラン』が嫌なのか?』

「アランは嫌じゃないよ。アランがいいの」

『だろうな。アランの方がセンスがいい。善良な者に多い名前だ』

「……そうなの?」

ぜんりょう。……いいひと、ということなのだと思う。誇らしくなってアランはにこっと微笑った。

「……アランって呼んでくれる?」

『そっちを選ぶのならそう呼ぼう』

「ありがとう、妖精さん」

 感謝の気持ちを込めてそう言うと『声』は黙った。それから絞るように、

『……妖精?』

「うん。……あ、小人さんだった?」

『……妖精じゃない。小人でもない』

「そうなの?」

『ああ。ひねくれ過ぎている』

「悪い人ってこと?」

『いい人じゃないってことだ』

「難しいね」

『簡単ではない。けれど、簡単に考えるべきだ』

「難しいね」

 アランは肩を竦めた。

「お名前は?」

『……サム』

「サム、だね。サムって呼んでいい?」

『……好きにしたらいい』

「うん、ありがとう」

 アランはにこにこと笑った。黒いそれをじっと見つめる。

「ねえ、触っても痛くない?」

『これが僕の本体な訳じゃない』

「そっか」

 それでもアランは慎重にそうっとそれを手に取った。まじまじと見つめる。上の方に同じく黒い小さな丸があって、そこをじいっと見つめると何故だかじいっと見つめ返された気がした。

「サムはどこにいるの?」

『数値としての距離はあるところだ』

「どのくらい?」

『言葉にするのなら意味はない。会いたいか、会いたくないかだ』

「ぼくは会いたい」

『じゃあいずれ会うだろう』

「今じゃないの?」

『今僕は忙しい』

「お仕事?」

『そうだ』

「どんなお仕事をしているの?」

『『何の』と訊かないところを見ると、君は賢いようだ。……どうした』

「……そんなこと、はじめて言われた」

 ミユキといいともりといいサムといい、アランが今まで言われたことのないことばかり言う。……いい子、やさしい、かわいい、格好いい、賢い。……どれもアランとは無関係な言葉なはずなのに。

『愚かな人間は人の賢さに気付くが、多くの場合がそれに気付いていないふりをする』

「……どうして?」

『羨ましいからさ』

 酷く簡単にサムは答えた。

『眩しくて眩しくて、焼け付いてしまうくらい羨ましくてたまらなくなってしまうからだ』

「……」

 焼け付く。―――どろどろに溶けたチャーリィ・ミィ。

「……ねえ、サム」

『何だ』

「今ドアの向こうでは……ミユキとともりとおじさんが、ぼくの話をしてるんだよね」

『そうだな』

「……ぼく、どうなるのかな」

『『どう』とは?』

「これから」

『君が選べばいい』

「ぼくが選べるの?」

『選べる』

 思いもがけないくらいきっぱりとサムは答えた。

『あの二人は君が選べるように全力を尽くすだろう。―――そういう二人だ』

「……そうなんだ」

『ああ。『通常』なんて受け入れてたまるかというひねくれた二人なんだ。片方が特にね』

「ミユキ、ひねくれてないよ」

『わかってるじゃないか。……まあ彼女に言わせれば僕も大分ひねくれていると返されるがね』

「ぼく、サムのこと好きだよ。たくさんお話してくれる」

『……そうか』

たぶんサムは、例えアランと会ってもミユキやともりみたいにぎゅっと抱きしめてくれたりキスしてくれたりおんぶしてくれたりということはしてくれない。……でもそれをさみしく思うことはなかった。だってきっとその代わり、アランが怪我をしないように注意深く見守りながらアランとたくさん話してくれるだろうから。

「ねえ、サムってみんなにそういう話し方してるの?」

『そうだが』

「格好いいね」

『格好良くはない。君にちっともやさしくないだろう』

「そうかな」

 ちゃんとアランを話をしてくれている。言っていることは難しいが、でもそここそきっと、難しく考える必要はないのだろう。きちんと考える必要があるだけで。




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