ヘリオスの心音 10
髪の毛から湿り気がなくなって、ともりからもなくなって。
出来たよ、という言葉と共に並べられた大きなお皿を前にして、……アランはぽかんとした。
ふわふわとした黄色い大きなものの上に赤いものがかけられていて、そしてそれはとってもいい匂いをさせていた。緑の綺麗なサラダと、あとなんだか薄っすらと茶色っぽいスープ。具がたくさん入っていて、これもまた黄色いものとは違うがとてもおいしそうな匂いをさせている。
「簡単でごめんね」
「……これ、なあに……?」
「オムライスとサラダとスープだよ」
食べたことある? と問われアランはオムライスから眼が離せないまま首を横に振った。……とっても、とっっってもおいしそうな匂いがする。
「これ……ぼくが食べてもいいの……?」
「うん、好きなだけ食べてね」
まだあたたかそうなそれはほかほかとした湯気を昇らせている。注意深くテーブルに視線を巡らせると、ミユキとともりの前にも同じものがきちんと並んでいて、「やっぱり駄目!」と取り上げられることはなさそうで……アランはごくんと唾を吞んだ。
「い……」
「『い』?」
「ぃ……ぃただき、ます……」
覚えたばかりの言葉を口にするとミユキとともりがふは、と微笑った。
「めしあがれ」
スプーンを手に取って、あむ、ひと口。
「―――!」
信じられないものが口の中に広がった。もぐもぐと必死に噛んで噛んで噛んで、吞み込むのが勿体無いと思いながらもごくんと吞み込む。
「くっ……くちのなか、が!」
「熱かった? 火傷してない?」
「ふーふーした方が良かったかな、アランお水飲む?」
「くちのなかが、きゅーってした! きゅーってしてとろんってしてふわあってして、ぱああって!」
「おいしいってことかなあ……まだ食べれそうな味だった?」
「たくさん食べたいっ……!」
「おいしいってことかあ。たくさん食べてねー」
「ね」
アランは次のひと口を押し込むようにして食べた。おいしい。おいしい。―――こんなにおいしいもの、食べたことがない。
「すごい、すごい……! この黄色いのすごくふわふわしてる、この赤いのはなあに? 黄色いのの中にあるこの白いつぶつぶはなあに?」
食べて吞み込んで喋り食べて吞み込んで喋りなアランにミユキとともりは嫌がることなく交互に答えてくれた。黄色いふわふわしてるのは卵、赤いのはヒデンのトマトソース、白いつぶつぶはオコメという食べもの。どれもがおいしい。スープはあたたかくて具がいっぱいで、ころんと入っていたお肉の塊は噛むとじゅあっと染みたスープが口の中に広がった。野菜にはともりがとろっとした液体をかけてくれて、少しすっぱいそれがとてもおいしくてぱくぱくと食べる。
どれを食べても、今まで食べたことのあるどんなものよりもおいしかった。アランにとてずっと一番のご馳走だったピザよりもずっとずっとおいしい―――『お父さん』と『お母さん』がピザを頼んだ日は二人が寝静まるのをじっと待って、外に捨てられたゴミ袋をそっと漁り出て来た端っこの硬い部分を全部食べるのが楽しみだったけれど。でもあんなものよりこのオムライスはずっとやわらかくてあたたかくておいしくて、とろっとしてふわっとしてきゅーってしてぱああっとなる。
すごい、すごいと何度も言うアランにともりが「おいしい」という言葉を教えてくれる。試しに「おいしい」と言ってみるとそれはとてもしっくり来た。「すごい」じゃなくて「おいしい」。ミユキが作ってくれたオムライスは、スープは、サラダは、ともりが作ってくれたクッキーは、とても「おいしい」。
「おいしいっ……!」
ごくんと吞み込んでそう言うアランにミユキは今度は大きなカメラを向け、ともりはそんなミユキとアラン二人にもう少し小さなカメラを向けた。