ヘリオスの心音 1
とくん、とくんと。
―――音がする。
「ちょっと!」
その言葉が降って来た、と思った時にはもうどんっという衝撃と共に転んでいた。痛くて―――痛くて、でも、もうなれていた。
ぼんやりと顔を上げると。―――『お母さん』は吊り上がった目で見下ろしていた。奥から「おいおい」と『お父さん』の軽い声がして―――「無様に転んだなあ」とちょっとおもしろがっているように言う。
「邪魔よ。向こうに行って」
「……はい」
『お母さん』が言って、のろのろと、けれど遅くはしないで、スピードに気を付けて―――『向こう』へ行く。……古くても清潔に整えられていたはずの部屋の隅にはもう埃が溜まっていた。
こつん、と、壁に頭を付けて、膝を抱えて小さくなって。膝小僧に擦り剥いた痕があってひりりと痛んで、でもいつものことだから、気にしていたって仕方がない。
頭を丸めるようにして膝に付けて丸まると、耳の奥でとくん、とくんと音がする。
それが自分の心臓が動いている音なんだと識るのは、あと、二日後のことだった。
『お父さん』と『お母さん』がいて、そして、『×××』がいる。
名前は、ある。けれどその名前は好きじゃない。だって、名前を付けるのが面倒だった『お父さん』と『お母さん』が二軒先のお家で飼っている犬の名前から取った名前だから。歯を剥き出しにしてよく吠えて、噛まれたことすらある。痛くて大泣きする×××を見て『お父さん』と『お母さん』はけたけた笑って、トモグイだ、トモグイだと愉快そうに言っていた。トモグイの意味はわからなかったけど、でも、あんまりいい意味ではないんだろうなって、思っている。
『お父さん』と『お母さん』は、他所のお父さんお母さんとは違う。よくお酒を飲んで、よく煙草を吸って、よく×××をぶって、蹴って、『あんたなんか生むんじゃなかった』と吐き捨てるようにして言う。×××が全部悪いのでぎゅっと我慢して『お父さん』と『お母さん』が飽きてやめるのを待つ。気が付けば夜になっていて、気が付けば朝になっている。
勉強は全然わからない。『お父さん』と『お母さん』が言う通り、×××は馬鹿なのだと思う。デキソコナイのガラクタで、だから、何をやってもひとよりも駄目。テストでいい点を取れたことはなくて、それをいつもクラスメイトのリックたちが馬鹿にする。
×××の身体はいつも痣だらけだった。けど、『お父さん』と『お母さんは』「仕方のないことだ」と言う。×××はとても駄目でとても愚図だから、こうするしかないのだと。でもどうやっても馬鹿で愚図なのは変わらなくて、だからもう、×××は×××を変えるのをあきらめている。