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恋愛もの短編

豈ニ病ン照レ脳筋ニ勝タン乎

知識不足により脳筋氏の脳筋度が薄めとなっております。

どうしてヤンデレが脳筋に勝つだろうか、いや、勝たない。そういうお話。病ん照れは当て字です。

 晴れ渡る空。夏の透けるような、しかし酷く分厚い空が、汗ばむ人々の気力を奪う。

 そんな中、誰よりも気力に満ち、誰よりも暗い闇色を瞳に宿した少女が居た。


「ふ……ふふふふふ……今日こそ、今日こそ耀灼ようやくんを私だけのものにするんだから……!」

 僻浦糸純ひがうらしずみ。怪しげな笑みを浮かべる少女は高校に通い始めて二年目になる。朝も早くから彼女の人生の楽しみがある場所、高校へと向かっている。

 人生の楽しみとは勿論、彼女が今しがた呟いた……。


「ん?おお僻浦。早いな」

 

 糸純は笑みを微妙に口元に残したまま固まる。耳慣れた……慣れるほど何度も何度も何度も何度も病的に耳の集中を注ぎ続けた声。


「よよよよ耀灼くん!」

「おう」

 その場で軽く弾むように足を動かし続けているのは、樋代耀灼ひのしろようや。抜群の運動神経を持ちながら、どこの部活にも所属せず自主トレを極める変わり者だ。曰く、技術を磨くより多くのスポーツと触れ合い全身をまんべんなく鍛えたいとのことである。


 そんな彼を早くも人生の支えにしている糸純。率直に言ってしまえばとても重たい。美しいながら控えめな雰囲気を持つ彼女は、容姿に反してかなり行動力がある。先程にやけながら考えていた計画を実行に移そうと、さっそく樋代に声をかける。

「あ、ああの、あのね、突然でびっくりするかもだけどね、私、私ねっ、耀灼君のこと……好きなの!」

 告げる間にも、その脳裏にはぐるぐると彼の返事とそれに対する対応がシュミレートされる。受け入れてくれた場合に子供の名前まで考えているあたり厳しいものがあるが、寧ろ受け入れてくれなかった場合の拉致監禁といった犯罪まがいの思考の方が危険である。困ったことに、彼女の実家は地位権力お金全てを持っているため決して実現不可能ではないのだった。


「ん?そうか、俺も僻浦は好きだぞ。良い奴だしな」

 実に爽やかな笑顔で言い放つ樋代は、良く言って鈍感、悪く言えばバカである。

(りょ、両想い……こ、これは、これは結婚するしかない……!)

 勿論、樋代にそんな気は欠片もない。糸純の脳内では既に新婚旅行に行っているが、樋代にそんな気は毛ほどもないのである。


「そ、そうなの!?じゃ、じゃあ結婚はいつがいいかな、お互い卒業してからだよね、学生結婚は外聞も悪いし、将来子供とかも苦労するだろうし」

「血痕?血痕をつけとくのはたしかに駄目だよなあ。早めにふき取った方が良いな。なんだ、僻浦は喧嘩でもしたのか。女子なんだから、体を大事にしろよ」

「へっ」

 糸純は目を白黒させた。妄想を垂れ流していたら心配されてしまった。恋愛脳と脳筋の会話はいつも噛み合わない。


「まあ体を動かしたい気持ちはわかるからな。するにしても、こんな細っこい腕じゃなあ」

「へっ!?」

(うっ腕をっ耀灼くんが私の腕を触って、握って、さすって筋肉を確かめている!?)

 混乱のあまり糸純は目をぐるぐるさせたまま真っ赤になっていたが、糸純の腕の強度を確かめていた樋代に気付く様子はない。

 不意に、樋代が顔を上げた。

「よし、わかった。筋トレするか!」

「っへ!?」

「まずはしっかり安定した筋肉をつけるべきだな。ついでに、正しい運動の仕方を教えてやろう。明日から放課後家に来い」

(耀灼くんが、放課後に、家で、正しい運動の仕方を……!?えっそんな、まさか、まだ早いよ、だって私達さっき付き合い始めたばっかりじゃない。えへ、えへへへへへ)


糸純が何を妄想したかはともかく、その日の放課後は普通にしっかり筋トレ指導をされて終わった。





 数週間後。二人の筋トレ生活は実に健全なまま続けられていた。

「おかしい……私達は付き合っているはずなのに、手をつなぐのも、き、きすも、そそそれ以上もなんっにもない!筋肉が痛い、この痛みも耀灼くんにもらったものだから悪くないけど、どうせならもっと違った運動の痛みが欲しいよ。私のこと好きなんじゃなかったの?いや、好きだよね、知ってる、だってそう言ってたもんね?あっ、照れてるんだね、そっかあ、耀灼くんってばかーわいい!じゃあ私からしてあげようそうしようそれが良い」

 何が良いのかはわからないが、糸純は今日も絶好調大暴走中である。


「おう僻浦。今日も早いな」

 例のごとく、口に笑みが残ったまま固まる。そもそも樋代に会うために早起きをして徒歩で登校しているわけだから会うのは当然なのだ。心の準備をするということを学んでも良さそうなものだが、妄想から抜け出すのは彼女にとってなかなか容易ではないらしい。


「よ、よよよよ耀灼くん!」

「おう」

 いつものようにランニングをしていた樋代はその場で足を止めると、汗を拭きつつ軽く糸純に頷いて挨拶を返す。


(いざ目の前にすると、凄く恥ずかしい。はしたないって引かれたらどうしよう。でも、でも、勇気を出さなきゃ!)

 恥ずかしいなら止めればいいというツッコミを入れられる者はこの場にいない。

 

 決意を固めた糸純は、両手を拳に握って、ぐっと樋代に向き合う。樋代は、そんな糸純を訝しげに覗き込む。

「なんか顔赤いな。……熱でもあるのか?」

「あひゃい!?」


(近い耀灼くん近い近いよ!……はっ、動揺してる場合じゃない、チャンスだ!)

 糸純は思い切って目をつむり、樋代に唇を近づけた。


「ん?どうした目をつぶって……頭が痛いのか?」

「うへっ!?」

「無遠慮で悪いな。少し我慢してくれ」


(耀灼くんが、耀灼くんが私をっお姫様抱っこしてくれてる!?あっ、死んじゃう。私、死んじゃう。えへ、こんな死に方なら悪くないな、えへへへへへへ)

 先程の決意はどこに行ったのか、糸純は緩みきった顔で天に召されかけた。


「む、やっぱり熱っぽいな。保健室に急ごう」

「ほけんしつっ!?」


(保健室といえば、校内での、秘密の、アブナイ診察!?耀灼くんってば積極的!もしかして、二人きりとか普通のときよりちょっとスリルがある状況が好きなのかな?知らなかった。ちょ、ちょっと恥ずかしいけど、耀灼くんとなら、私がんぱるよ!)


 糸純のかなり飛躍した妄想はともかく、樋代は普通に彼女を養護教諭に引き渡した。





 更に数週間後。糸純のもとからねじの数本ぶっ飛んだ思考が、ついに壊れた。全身から澱んだ空気を発してふらふらと頭を揺らす姿は、なんなら手を差し伸べてみれば向こう側に突き抜けそうである。祓いの札が効かなそうなあたり通常の幽霊よりたちが悪い。

「ふ……ふふふふふふふ。大丈夫、わかってる。耀灼くんちょっと奥手だもんね。今まで彼女いなかったって知ってるし、慣れてないんだよね?大丈夫だよ、ゆっくり待っててあげるからね。筋トレの理由がやっとわかったよ。あなた好みの女になれってことだよね。わかるよ、ちょっと筋肉質な子が好みなんだね?筋肉痛くなくなってきたし、もう少しであなたの理想に沿えるからね。そしたら遠慮しなくていいんだよ。もっと愛を囁いていいしもっと触っていいし何もかも奪っていいからね?あ、その代わり女友達とかいう虫たちは全部消していいよね。あなた好みの女は私だけで十分だよね、大丈夫だよ?私があの女どものぶんもいっぱい愛してあげるからね……」

 そう言うその表情にはいつものような気力はない。


「僻浦。どうした?今朝は元気ないな」

「耀灼くん……」

「おう?」


 樋代がきょとんと目を瞬かせている顔を、糸純はぼんやりと眺める。


(わかってる。本当はわかってる。耀灼くんは別に私のことを好きなわけじゃない。その他大勢で、女友達の一人に過ぎない。あの告白に、普通の顔して答えた時点で分かっていた。つらい。いやだ。他と同じはいやだ。特別が良い。耀灼くんの特別になりたい。やだよ。許さない。私以外を特別に想う耀灼くんなんて認めない。私だけしかいらなくなればいいのに。そうしたら私は、全力であなたを幸せにするのに。

……でも、耀灼くんの幸せは私と居ることじゃない。スポーツをして汗をかくことで、筋肉をつけようと努力することで、たくさんの友達と遊ぶことだ。そんな耀灼くんの輝きを好きになった。そんな耀灼くんだから好きになった。はじめから、わかっていたのに。

いつでもどこでも付け回して全部把握してなにもかもに嫉妬する、根暗で気持ちの悪いストーカー女なんて、好きになってくれる筈がない)


「僻浦?」


(でも……ごめんね。諦めきれないな)


 糸純は樋代の真っ白なシャツの襟を持って、引き寄せる勢いのままその口に口付けた。


「!?」

「耀灼くん……好きなの。大好き。耀灼くん以外要らないの」


(気持ち悪いと、口を拭われてしまったらどうしよう。私はどうなってしまうだろう。権力にものを言わせて監禁して恐怖で縛って壊してしまうかもしれない。いやだな。そんなのいやだ。でも、この心の奥底の黒く醜い感情が、どこかでそれを望んでいる。

自分に、勝たないと。受け入れないと。耀灼くんは優しいから、多分、そんなことはしないで優しく、でも正面から断るかもしれない。そうしたら、この不気味な激情が少しは浄化されるだろうか)



 ぽかんと、思考を止めたような表情だった樋代の目に、徐々に思考の光が宿り始めた。

 次の瞬間、樋代は音を立てそうな勢いで赤面した。

 糸純は少し安心して、そしてとても嬉しく思った。樋代の中で、自分がちゃんと女の子として認識されていることが、糸純の心の中に光をともした。


「ひ、ひがうら」

「……うん」

「そ、その……あれだ。あの、……あー」

 樋代はもどかし気に頭を掻きむしる。


 糸純は静かに審判の時を待っていた。樋代のこの反応が見られただけで、黒い感情が薄くなっていくのを感じていた。今なら、どんな言葉でも落ち着いて聞いていられるかもしれないと、そう思った。


「その……よ、よろしく」


 妄想かと思った。

 糸純の黒曜石の瞳が、零れ落ちんばかりに大きく開く。


「……え?」


「だから、その、あれだ。付き合おう」


「………………え?なんで?い、良いの?だって、私だよ?私なんかで、いいの?」


 樋代が首を傾げる。糸純の言葉が心底わからないという表情。


「私なんかでって……僻浦の告白を断る奴なんていないだろ。僻浦は努力家だし、真面目で強い。俺のトレーニングにへろへろになりながらも最後までついてきてくれただろ?大抵の奴は途中で根をあげるんだ。別にそれが悪いわけじゃないが、頑張って努力する僻浦はやっぱり凄いよ。元々根性あるやつだとは思ってたけど、もしかしたらそれでもう好きになってたのかもな。そのくせ、直ぐに熱を出すから放っておけない。なにより僻浦は美人だからな。逆に何故俺なのかわからないが、まぁ」


 ぽん、と優しく頭にその手が置かれるのを、糸純は呆然としたまま感じる。


「そんなに必死な顔で告白されては、信じないわけにもいかない。僻浦にがっかりされないよう努力するさ」



「好き」


「ん?」


「耀灼くん耀灼くん耀灼くん耀灼く耀灼くん耀灼くん耀灼くん耀灼くん耀灼くん!」


「おお!?」


 思い切り抱きついた。樋代は突然のことに驚きながらもきちんと受け止める。


「よーやくんが言ったんだからね。前言撤回はなしだよ、言ったからには責任とってね。絶対逃がさないからね。一生はりつくからね。うざくなっても返品不可だからね。ずっとずっとずーっと一緒だからね!」


 糸純が涙でぐちゃぐちゃになった顔を押し付けると、樋代はからっと笑う。


「はっはっは、僻浦は意外に熱烈だな」


 (笑っていられるのも今のうちだ。後から私の重さに気づいてももう遅い。もう、絶対にこの人を手放せない)



 けれど糸純はなんとなく気づいていた。

 なんだかんだいって、結局振り回されるのはきっと私の方なんだろう、と。








「そう言えば。お願いがあるんだが」

「え?お願い?」

「ああ。今までは口出しする立場じゃないと思っていたが……出来れば、喧嘩はやめて欲しい」

「ん、え!?喧嘩!?」

「強さに憧れる気持ちは分かるが、これからは俺が守るから、怪我をしそうな危ない真似は出来るだけ控えて欲しいんだ」

「お、おれが……おれがまも……」


 糸純は昏倒した。その表情は、この上なく幸せそうだったと後に養護教諭は語る。



葛藤しつつヤンデレてしまういじらしいヤンデレちゃんがいつか流行りますように……。

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