外界に降り立つ正体不明
奪われた、人生初体験を、この幼女に奪われてしまったのだ。
といっても僕はとっくに死んでいるので人生なんてものは存在しないのだけれど。
こういうときは呼吸の仕方がわからないものである。魂だけの存在で呼吸なんて言う概念が存在するのかと思うやつもいるのだろうけれど、ガヴが言うには魂にもマナ吸引する事が必要になるという。
そうして鼻で息をすることも、もちろん口で呼吸することもできなかった俺は、やっと呼吸することを許されたのであった。
こうして、人生初の口付けを交わした僕であるが、なぜだか妙に意識が覚醒している。そして、ガヴからの説明があった。
「さっきのキスは外界の恋人同士が遊び半分でやっているものではありませんー、死神としての能力の開放、すなわちあなたの商売道具を開放したのですー」
話が長かったので要点だけまとめると、僕は行動や現象を奪うことができるらしい、例えるならば、水の流れを止めたり、体の動作を止めるなどのことができるらしい。
「と、言うわけで今からあなたには死神の制服を着用してもらいますー」
そうして俺は、空想上のものだと思っていたあの死神となるのだ。こんな僕が世界のために何かできるというのも嬉しかったが、その『ノルマ』というのが気になった。
そんなことを考えていると、制服とやらが届いた、大きな鎌とともに。
鎌は想定内だったのだが、服というのが、黒いパーカーとジーパン。作者と同じようなものを出しやがって、僕を不審者認定するつもりか。
「というわけでー、これからはじめてのおつかいならぬ、はじめての魂狩に出かけるわけですが、服は合ってますかー?」
「あぁ」
そう言うと眼前に大きな穴が開いた。
「一つ忠告しておきますがー外界にも霊感のある人やー、神に敵対する魂なんかもいるのでー、できれば見つからないようにしておいてくださいー。魂に関しては退治してくれればありがたいのですがー」
「善処するよ」
そう言い残し、俺は外界に身を投げたのであった。
外界に降り立った僕なのだが、一つ誤算が生じたようだ。ガヴは僕の仕事のサポートをしてくれるそうだ。何しろ、まだ神の中でもルーキー的な位置に在籍しているらしく、他人のサポートという面では、ガヴの方も初陣なのだそうだ。
鎌を肩とともに支え、街を歩く。一人目の殲滅対象を発見。
「能力使ってみますー?」
能力の使い方を知らないものだから、使えるのかなと半信半疑でいたのだけれど、パッと使い方が僕の頭に降臨した。
使い方もわかったところで、早速居酒屋から出てきたおっさんに能力を行使しようか。
このおっさんは20年にも渡る痴漢の常習犯だ。神様の偉いさんが女性で、こいつのことを毛嫌いしていたとか。そんなことで魂を奪われてしまうだなんて、とても可愛そうだと思ったけれど、能力を使いたいという好奇心に似た気持ちにかられていたため、僕は早速そのおっさんに向かって能力を発動させる。
「すまないおっさん、あんたの呼吸、奪わせてもらったよ」
届かない報告を終え、おっさんは呼吸困難に陥った。
黒い玉が宙に浮き上がる。
「それ、それ取ってくださいー」
玉の中心を釜で突き刺し、ガヴの方へ持っていく。ガヴはその玉に判子を押し、手を離した。
「あれは魂ですー、色が黒ければ黒いほど悪いということらしいですー」
あのおっさん、クソドス黒かったな。保険の教科書で見たタバコを吸い続けた肺のような色だった。
すると突然、正体不明の、物体かすらもわからないものが空から落ちてきた。
「逃げて!!」
ガヴの語尾には伸ばし棒が無く、本気でマジで、本気と書いて本気というレベルでやばいと直感した。
フードを深くかぶり、大きな鎌を持ち、そしてそいつが全速力で走る、幼女を連れて。
見えていないから良かったのだけれど、視認されていれば間違いなく通報されるであろう僕を追う謎の正体不明。
正体不明を目撃したことを報告すべく、僕は天界へ進む。自分では天界へ通ずる穴を形成できないことも知らないで。