Merry Christmas☆~水戸さんの場合~
「すみませんユーヤさん、本当は私ひとりで行くべきなのに……」
「いやいや、ひとりでこれ全部回るのは無理だと思うよ。荷物持ちしかできないけど、出来ることは手伝います」
当初の予定ではちゃんとまつげさんと水戸さんで向かう予定だったのだけれど、急にまつげさんに仕事が入ってしまったらしい。大学院の研究室の仕事だ。何かにつけて頼られるまつげさん。クリスマスまでも忙しいらしい。
で、代役の僕は(一応)免許は持っているということで、まつげさんの軍用車両みたいな車の鍵を借りて、こうして水戸さんと出てきている、というわけだけども。
「こんなに買い込んで……全部食べ切れるのかな」
「クリスマス料理は、細かい仕込みが多いので……それに、ゆうやけ荘の皆さんはよく食べますし」
「ああ……成程」
確かに、主に佐々木さんと前島さんがね。
「ま、ちゃっちゃと回っちゃおうか。えっと、まずは……」
「あ、こっちですね」
すいっと水戸さんが前に出た。おお、何だか新鮮。
水戸さんって、だいたいいつも後ろの方にいるイメージあったからなあ……こうやって、水戸さんが自ら率先して先に進んで行くのは、あんまりない。
さっすが、好きなこととなるとやっぱり変わるよねえ。
「やー、水戸ちゃん。まつげちゃんから連絡受けてるよ。ほらコレ、取り寄せたターキー」
「あ、有り難うございます! いつもすみません」
「いぃえぇなんもなんも。ゆうやけ荘はお得意さんだからねえ」
本当に、生き生きしてるなあ水戸さん。こういう水戸さんは本当になかなか見られないからなあ。キッチンで料理している水戸さんもこれくらい楽しそうだけれど、キッチンは基本的に、水戸さんとまつげさん以外進入禁止だからな……例外なのは加賀さんくらいか。佐々木さん前島さん花笑ちゃんは、つまみ食いしかしないから禁止。あとの皆はとばっちりで禁止。――まあ、僕なんかが入ってもできることないからねえ。
「んで、そっちのお兄ちゃんは何だい、彼氏かい? 水戸ちゃんも何だかんだで隅に置けないねえ」
「え、いいいいいいやちちちち違いますっ、そそそそそそんなんじゃないですぅ!!」
「そうなのかい? 御似合いだと思うんだがねえ……」
おお、何だか全力で否定されている。何だろう。それはそれで何だか切ない。
「でも好きな相手はいるんだろ? この間やっとバラシてくれたじゃないか。そのお兄ちゃんじゃないの?」
「あいいいいいやその違うというか違わないかもいやそうじゃなくてそのほぅわあああああ!」
おお、水戸さんが御乱心じゃ。
「もももももう行きましょう! 次! 次!!」
「おや、もう行っちまうのかい? 今後もどうぞ御贔屓にー」
おばちゃんに見送られて店を出た。
んー……いや、あんまり考えると、僕が自意識過剰野郎の烙印を押されかねないな。やめておこう。
野郎とは勘違いの生き物である、と昔の誰かも言っていた。
つったかつったか♪
「――んー、買い物回りはこれで全部かな」
初めに予想していた通り、結構な量になった……これはやっぱり、まつげさんの車で来て正解だったみたいだ。前島さんも車は持ってるけど、これ全部はさすがに詰め込めなかっただろう。
さすがまつげさんの軍用車両……でもこの車、一体どこで買ったんだろう。っていうかどこに売ってるんだ。自衛隊か。
「……うん、リストにあったのは全部買ったみたいだね。あとはまだ何かある? ――ん、水戸さん?」
返事がないのを不審に思って振り返ってみると水戸さんは自分の鞄を抱きかかえて何だかそわそわしていた。
何だろう……お手洗いかな。
「あの、その、ユーヤさん」
「はい何でしょう」
「その……もうちょっと、お店回りませんか……?」
「いいけども、何のお店? まだ買い出すものあった?」
リストに載せ忘れたものを思い出したとか、そういうものだろうか。訊くと、水戸さんは何だか紅潮した顔でぶんぶんと頷いて、
「そ、そうです! ちょっと買い忘れが! こっちです、行きましょう!」
がっしと僕の手を掴んで、ずんずんと歩き出す水戸さん。僕は慌てて後ろ手に車を施錠しつつ、そんなに急いで一体何を買い忘れたのだろうかと考える。
まあ、見当もつかないんだけれど。
水戸さんが向かったのは商店街の、けどもさっきまで僕らが東奔西走していた食品街ではなく、小物とか、服飾とか、そういうお店が立ち並ぶ一角だった。
さすがにクリスマス。この一帯も派手にイルミネーションが咲いていて、なかなかに眩しい。あと、若いカップルがそこら中に群れていて、成程クリスマスだなあと我ながら奇妙な感慨にふける。
それはともかく、で、水戸さんはこの辺りに一体何を買い求めに来たのだろう?
わからないので黙って水戸さんの後をついていく。水戸さんも黙々と歩くばかりで、左右のお店に見向きもしない。
何だろう……お目当てのお店があるということだろうか。
「あの! ……ユーヤさん」
「ん、はい、何でしょう」
「その……き、綺麗! ですね……」
「ん?」ああ、イルミネーションかな。「そうだね」
また沈黙。
何だろう……さっきまでと違って、水戸さん何だか緊張してないか。一体何を買いに行くんだろう?
「あの、ユーヤさん!」
「はいはい、何でしょう」
「そ、その……さ、寒く、ないですか」
「ん? んー」まあ、12月だしねえ。「まあ、寒いね」
答えると、水戸さんはがばっと振り返って勢いよく、
「じゃ、じゃあ、マフラーとか! 手袋、とか……ど、どうですか……?」
なぜだか語尾が尻すぼみになってフェードアウトしていった。
どう、というとどうなのだろう。んー、マフラーとか手袋は好きですか、なわけないか。まあ普通に、欲しいですか、かな。
水戸さんは、何だか真剣な表情で、固唾を呑んで見守っている。
「持ってないからねえ。あったらいいなと思わなくもないけど……如何せん、お金がなくてね」
主にゆうやけ荘の皆さんに吸い上げられているので。まあそれでなくとも、ちょっとでもお金が余れば本買いに行っちゃうからねえ。
「そ、それじゃあ」
ぎゅ、と自分の鞄を抱きしめて、水戸さんは続ける。
「誰かがマフラーとか手袋くれるとしたら、ど、どうですか」
どうですかっていうのが先程から曖昧なのですけれども……今度は、何だろう。もらいますかってことかな?
「くれるのなら、有り難くもらうかな」
タダだもんね。
「その、くれる人が誰でも?」
「ん? んー」誰でも……? 「まあ、うん」
あ、でも前島さんなんかにもらったら何か勘ぐっちゃうかも……でもさっき財布もらったんだよな。うーん……
「そ、そうですか!」
ぱあ、と水戸さんは表情を明るくした。なぜだろう、凄く嬉しそうだ。水戸さんがそんなに喜ぶようなことがあったかな?
心なしか足取りを軽くして、水戸さんはまた先を歩く。
あげると言えば……と、僕は左右に立ち並ぶお店を眺める。どこもクリスマスセールをしているけれど、
……そういえば、水戸さんだけ僕に何も要求してこないな……
何だか稀少な人だ。誰もかれも僕に何かしらを要求してくる昨今、全くそんなそぶりを見せない水戸さんには、むしろ何かを贈りたくなる。
しかしそうは言ってもな……何を贈ったものか。
マフラーと手袋の話をしていたし、ならばそれかとも思ったが、今の水戸さんはそれ両方とも装備してるしな……
サプライズプレゼントは苦手だ。ちょっとしたトラウマがある。
ま、それならするべきことはひとつだ。
「ねえ、水戸さん」
「はい」
「何か欲しいものはない?」
「ええ!?」
がばっとまた勢いよく振り返る水戸さん。その顔は真っ赤で大慌てな。え、僕がそういうことを訊くのはそんなに驚くべきことなのだろうか?
「どどどどどうしてですか?」
「いやほら、クリスマスだし、クリスマスプレゼントをね……サプライズは苦手だし」
だからある意味、具体物を要求してくる皆はやや有り難いとも言える。いや要求してくる時点でアレだけども。
「家とか車とか国とか、そういうものじゃないならプレゼントするよ」
「く、国って……そんなものを欲しがる人がいるんですか?」
ころころと水戸さんは笑う。僕も応じて笑うけど、でもね水戸さん……いるんだよ。国を欲しがった人。いや人じゃないのかもしれないけど。
「料理道具……は何か違うよね。小物か、アクセサリーかな?」
「え、いえ、私は」
「まあまあ遠慮しないで。ほら、じゃあそこのお店で見てみよう」
多少は強引に行かないと、水戸さんは遠慮し続けて何も受け取ってくれないだろうからね。本気で嫌がられたらさすがにやめるけど。水戸さんは僕に手を引かれるままについてくる。
入ったのは手近に偶然あったちょっと高級そうなアクセサリーショップ。正直こういうところに入るのは初めてで……っていうか僕、女の人にそれらしいプレゼントを渡したことないな……
誰もかれも、現金だの国だのと、まともなものを欲しがらないからな……
「いらっしゃいませー、クリスマスプレゼントですか?」
中年女性の店員さんがにこやかにやってくる。そうです、と頷くと、店員さんはにこにこと、
「彼女さんに?」
「ええ、そうですね」
隣から「はぅあっ」という奇妙な声が聴こえて見ると、水戸さんは顔が完全に真っ赤だった、
? そんな変なことを言ったかな?
「何になさいます? アクセサリーですと、耳飾りか、首飾りなどいかがでしょう」
「そうですね……どっちがいいですか?」
水戸さんを見ると、え、え、と挙動不審。
んー、と僕は水戸さんを眺めてちょっと考えて、
「それじゃあ、とりあえず首飾りで」
「かしこまりました。首飾りですとこちらになりますね」
案内されるままについていく。おお、とショーケースを覗き込むと、煌びやかに眩しい。
「いろいろあるんですね……どれがいい?」
水戸さんを見上げると、沸騰しそうなくらいの真っ赤な顔でゆらゆら揺れている……え、大丈夫?
「水戸さん?」
「えと、その……」
ぼそぼそと、水戸さんは応える。心ここにあらず、というような茫洋とした目で、
「ゆ、ユーヤさんが選んでくださったものなら、何でも……」
「え、でも僕センスないよ? 変なの選んじゃうかもよ?」
「ユーヤさんが選んでくださったなら……」
「……そう?」
それはそれで困るんだけどな……ほんとにセンスとかないからなあ。変なの選ばないようにしよう。
順繰りに展示してあるものを眺めていく。時々水戸さんを見上げて、どれが似合うかなーと考えて、
「ん、じゃあこれにしよう」
僕が選んだのは、割とシンプルなデザインのペンダント。高過ぎないけど安くもないお値段で、恩着せがましくならないだろう。オールシーズン装備可能で、邪魔にもならないだろうし。……まあ、こういうのは気持ちの方が大事だろうからね。佐々木さんじゃないけれど。実際につけるかどうかはあんまり重要じゃないよね。
店員さんにケースから出してもらって、未だに紅い水戸さんにあてがってみる。先端に小さな十字架があしらわれた銀鎖だ。
「どうかな?」
「きききき恐縮です!」
「え、恐縮? あー、それじゃあ、これでいいのかな?」
がくがくと、水戸さんは頷いた。それじゃあ、と僕はそれを購入する旨を店員さんに伝える。
さっそくお着けになられますか? と問われて、どうする? と水戸さんを窺うと、着けます着けますとまたがくがくと頷いたので、包装はしないでもらう。
僕の見ている前で、たどたどしい手つきでそれを装着する水戸さん。首裏で留めて、一度鏡を確認した後で、僕の方を向く。
「ど、どうですか……」
気恥ずかしげにはにかむ水戸さん。うん、
「似合っていると思うですよ」
そういうわけで、それを購入。
ちゃりーん♪
「あの、有り難うございました、これ」
お店を出て、元の道順を歩きながら、水戸さんは言う。
「いやいや、クリスマスですしね。日頃お世話になっている感謝もかねて」
「凄く……嬉しいです」
にっこりと笑う水戸さん。うん、喜んでもらえたようで何より。
「あ、その」
「うん?」
「実はその、私も、渡したいものが」
立ち止まったのは商店街の中心。派手にイルミネイトされた巨木の広場。その樹の下のベンチのところ。
「く、クリスマスプレゼント……です」
「え、そうなの? 有り難う」
わお、誰かに何かをもらうのはこれが初めて……じゃ、ないのか。さっき前島さんに財布もらったんだった。
慣れない事象は信じがたいから印象に残りにくいんだな……
水戸さんは、ここまで凄く大事そうに抱えていた鞄からそれを取り出す。見たところ、それは布地の、
「ま、マフラーと手袋……です」
「おお! あ、さっき言ってたのってこれのこと? 有り難う、有り難くいただきます」
恭しく頂戴する。しかも色も、両方とも僕の好みの濃紺だ。さらには無地。完璧。
「凄いですね。こんなデザイン、どこに売ってるんですか?」
僕の好みドストライク。こういうのってなかなか売ってるお店ないんだよね。
っていうかアレ、これ、材質表とかメーカー名とかも入ってないな。
「どこにっていうか……非売品……?」
「非売品?」
懸賞とかで当てたってこと? いやでも、それにしても材質とか入ってないのは妙だし。
……まさか。
「……手編み?」
「…………」わあ、水戸さんが耳まで真っ赤に。
そうなのか……改めて、手の中のそれを見る。
驚嘆する。
「凄いですね、水戸さん……料理だけじゃなくて、編み物も得意なんですか……!」
恐ろしいまでの女子力。ゆうやけ荘の皆さんにも見習ってほしいものだ。
ガクブルしてると、ふふ、と水戸さんは小さく笑った。
「喜んでもらえて、よかったです……嬉しい」
では、と水戸さんは踵を返した。もと来た方、まつげさんの車を停めてある駐車場の方へと歩き出す。
「ってあれ、水戸さん、買い忘れは?」
「いえ、もう大丈夫です。ちゃんといただきました」
そう言って振り返る水戸さんは、何だか本当に満足げで、嬉しそうだった。
水戸さんは何も買ってないよな……まさか、暗に僕に要求してた、ってことはないだろうし。水戸さんだし。
と、ポケットの中で何かが振動した。携帯電話だ。見ると着信メールが一通。――うわ、前島さんだ。
「水戸さん、ちょっと時間かけすぎちゃったみたいだ。前島さんが」
慌てて追いつくと、水戸さんも携帯電話を見下ろしていて、
「あ、はい。私も見ました。急いで帰りましょう」
ふたりで連れ立って、日の暮れつつある商店街を小走りに抜けていく。
「急がないと、皆さん騒ぎ出してしまいますね」
「そうだね。水戸さんとまつげさんの料理がないと、パーティ始められないもんね……うん、楽しみにしてますね。今晩の料理」
横を走る水戸さんに言う。すると水戸さんはまた、にっこりと満面に笑って、
「はい! 楽しみにしていてくださいね!」
水戸さん自身が一番楽しそうに、そう言ったのでした。