表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

 ロンバートは、隣の領主館から届けられた手紙を開いた。

 急いで書いたのか、文字が少し走っているようだ。

 普段はもっと丁寧であるだけに、いつもの状態ではないことがうかがい知れる。

 母が来ており紹介したいので、急なことで申し訳ないが領主館まで来て欲しい、という内容。

 母、とは、王妃のこと。

 もちろん、何を置いても行かなければ。

 キチンとした服装に着替えようとするが、王宮へ出向く用に仕立てた服は王都の邸においてある。

 手元にある服の中では一番よい服装を選んだものの、身分相応であり、王妃の前に出られる格好とは思えない。

 しかし、行かない選択はない。

 彼女がバツの悪い思いをしなければいいのだが。

 ロンバートはナファバルアー領主館へ馬を走らせた。


 領主館の門入口付近には、騎士が数名立っている。

「領主様に呼ばれてきた、ロンバート・ラップラングだ」

 門の前で名乗ると、門が開かれた。いつもは開け放たれている門が閉じられているのは、なるほど王妃が来ているからなのだろう。

 玄関扉前で馬を降り、手綱を近寄ってきた馬番の男性に渡す。

「なんだか今日は人が多いな」

 そう声をかけると。

「そうなんです。朝、突然、王妃様が護衛を引き連れておいでになるもんだから、館中が大忙しですよ」

 文句を言いながらも楽しそうな声で馬番が答えた。

 王妃は庶民の人気者だから、館への訪れが嬉しいようだ。

 執事に案内され館の書斎へ向う。


「ロンバート、ようこそおいでくださいました。急にお呼びだてしてしまってごめんなさい」

 書斎の机から立ち上がり、マルゲリータが近寄ってきた。

 おろした髪を弾ませながら、こちらもつられてしまうような満面の笑みを浮かべ腕をのばしてくる。

 思わず受けとめるように腕を広げると、すんなりと腕の中におさまった。

 彼女は相変わらず小さくて、力を入れたら壊れてしまいそうだ。


「おはよう、マルゲリータ」

 腰を屈めて彼女の頬にキスを落とす。

 すると、少し拗ねた顔で見上げてくる。

 光を受けてキラキラと輝く大きな茶色の瞳で、口を少し尖らせ身体を一層寄り添わせようとする。

 彼女はとても可愛らしく願いを叶えてあげたいとは思うのだが、他人がいるところでは。チラリと書斎横に立つ土地管理人のグレナデン氏へ目を向ける。

 穏やかな顔で彼女を見守っている。彼は彼女の侍女と何年も前に結婚しており、ロンバートより二つ程年下のはず。

 その状況は、結構気恥ずかしいものなのだった。

 少女のような彼女に舞い上がっているところを見られるというのは。

 それ以上キスしてもらえないと悟ったのか、名残惜しそうにマルゲリータは身を少しだけ離した。


「今朝から母が来ているの。呼んでくるから、会ってくださる?」

「もちろん」

 もちろん会えるものなら。

 しかし、陛下にお会いすることもかなわない身で、王妃様に面会できるのだろうか。

 即答したものの、苦笑しそうになる。

 だが、マルゲリータは、嬉しそうな顔で。

「ありがとう。待ってらして。今すぐ呼んでくるわ」

 声を弾ませ、彼女は足早に書斎を出ていった。


「領主様は貴方がいらっしゃると、他のことは何も目に入らなくなってしまわれる」

 笑いながらグレナデン氏が話しかけてきた。咎めているわけではないその言葉、だが、からかってはいる。

 照れくさい。

 自分でも、いい歳をして、とは思っているのだから。



 そして、勢いよく書斎のドアを開けて入ってきたのは、王妃その人だった。

 後ろにマルゲリータや数人の騎士達を従えている。

 黒髪の小さな女性。薄い青の生地に黒と銀の蔦草模様の刺繍がほどこされた豪華な衣装を身にまとっている。

 マルゲリータも小さいが、それよりもなお小さい。

 まるで子供のようだ。

 この方を、何処かで見たことがあるような気がした。

 いや、あるはずはない。

 結い上げられたこの真っ黒な髪を目にするのは初めてだし、忘れるはずがない。

 驚きで突っ立ったままだったことに気付き、慌てて膝を折り首を垂れる。


「はじめてお目にかかります。ロンバート・ラップラングと申します」

 王妃はスタスタと近寄ってきて、右手を差し出す。

 恐れ多いがその手をとり、甲にキスをした。

「マルゲリータの母のナファフィステアよ。私のことは『お義母さん』と呼んでちょうだい」

「……」

 思わず顔を上げてしまった。

 王妃の背が低い分、その顔が間近にあり。

 真っ黒な瞳が、ん?、と不思議そうな顔で見返してくる。

 冗談、か?

 王妃の手をそっと離し、視線をはずした。

 冗談、だろう。きっと。


「王妃様、ラップラング氏はいきなり『お義母さん』とは呼べないでしょう」

 王妃の侍女が言葉を挟む。

 その冷静な声から、王妃の言葉は冗談ではないことがわかる。

 本気で『お義母さん』と呼ばせるつもりで?


「そうよ、お母様。婚約もまだですもの」

 マルゲリータ、そういう問題ではなく。

「大丈夫よ。そう待たずに陛下は折れるわ。いっそ、既成事実を先に作ってしまいましょうか。ロンバート、今夜から、ここで暮らしなさいよ」

「お母様っ。強制力があるから言葉には気をつけなさいとおっしゃってらしたじゃない。なのに、そんなことを言うなんて」

「あら、ロンバートと一緒に暮らしたくないの?」

「私は、そりゃ、」

 マルゲリータは言葉を濁らせ、ちらちらとロンバートを見る。

 顔を綻ばせている嬉しそうな彼女は、一緒に暮らしたいらしい。

 いや、それよりも。

 目の前で何が起こっているのだろう。

 王妃にお会いして。

 『お義母さん』と呼べと言われ。

 既成事実?

 今夜からここで暮らせ?

 想像をはるかに超えた世界が展開されていく。

 王妃に対して高貴な貴族女性を思い浮かべていただけに、その偶像はガラガラと大きな音をたてて崩れていった。


「ロンバート、お母様の言葉は気になさらないで。その、ロンバートさえよければ、私がラップラングのお屋敷に行きますから」

 いや、それは、ちょっと違うような。

 独身の男女が一緒に暮らすのはまずいでしょう、そう口に出してみたが。

「なぜ? 結婚するのに?」

 王妃はもちろん、マルゲリータも、そう言ってキョトンとしている。

 流石に娘なだけはある。

 二人の仕草は、とてもよく似ていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

◆押していただけると朝野が喜びます→
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ