2 事実は小説より奇なり
思ったより早く投稿できました。では本編へどうぞ!
午前十時 放課後
学校に来たばかりなのに帰る準備をする羽目となった亜木々に私は話しかけてみることにした。彼にはとにかく謎が多いが、特に気になることがある。まずはそれを確かめるための状況設定や口上がいるだろう。
「あのー。昨日はありがとうね亜木々さん。お礼と言ってはなんだけど屋敷の片づけ手伝ってほしい?襟元さんや鈴鳴さんは用事があるから来れないんだって。」
もちろんあの二人に用事があるかわからないし、来られると邪魔なので嘘をついた。ついたのはいいが、そういえば亜木々さんには嘘が通じないのを忘れていた。
「・・・何か俺個人に話でもあるのかな~?なんならここで訊くよ?」
「いや、ここじゃ話しにくいし屋敷がいいな。それにホラ、紅茶のお礼もあるし。ねっ、ねっ!」
「それじゃあお言葉に甘えてみようかな。話の内容気になるし。」
午後一時半
「俺はこっちをやるから傘音ちゃんは廊下を頼むね。」
予想外だった。私はどこかの一室を掃除するものだと思っていたのだ。それならもしかすると部屋のどこかに『気になっていること』のヒントがあるかもしれないのだったが、亜木々さんは知ってか知らずか私に廊下の掃除を頼んだ。昨日のお詫びをしたいという思いもあるから別にいいが。
午後四時
「おつかれ~すごく助かったよ!そういえば話があるんじゃないの?」
まさか向こうから訊いてくれるとは思わなかった。でも本当に質問に答えてくれるだろうか?
「遠慮しないでどうぞ?」
「えーと、なんで名前を名乗らないの?」
「?亜木々て言ったと思うよ。」
「それは苗字じゃん。名前だよ名前。私でいう『琴葉』みたいな。」
「・・・それ聞いちゃうの・・・どうしよ~まずいな。掃除手伝ってくれたのに答えないわけにはいかないし・・・それじゃあ俺の質問に答えてくれたら特別に教えてあげる。誰にも言わないって約束する?」
それほどのことなのだろうか。
「わかった。約束する。質問はよっぽどのことでなければ答える。」
いったい何を訊かれるのだろう?スリーサイズとかなら却下だ。
「昨日来てくれたとき傘音ちゃんほとんどしゃべっていないじゃん?衿元ちゃんはアレとして、傘音ちゃん内向的には見えないんだけどなんで口数少ないの?」
いやな質問ではないが難しい質問だ。夢の中のもう一人の『私』の言っていたこと思い出す。
「私がするべきことじゃないから・・・私は主役の後ろにいるのがお似合いだから・・・」
「傘音ちゃんはそうしたいの?」
「わかんないよ・・・もういいでしょ?・・・もうやめてよ・・・」
「ごめん。じゃあ次、俺の番か。約束守ってよ?実はね、持ってないんだ『名前』。付けてくれる前に父親は行方不明に、母親は俺を生んだ時に手術ミスで死んじゃって。亜木々家の子供であることは分かっていたんだけど、勝手に名前付ける訳にはいかないしそのままなんだ。信じられないかもだけど本当。おじい様の遺産があるからお金には困らないけど・・・ちょっと寂しい・・・長い間お世話になっていた家政婦さんも二年前にいなくなって今までずっと一人・・・」
亜木々さんは明るいけど私とは比べられないほど大きな荷物を背負っている。そう思ったのが伝わったのか亜木々さん慌てて、
「でも今はとても楽しいよ?学校に行けるし、こうやって傘音ちゃんも遊びに来てくれるし。」
なぜか焦り。名前の謎は解けたが問題は解決していない。
「名前ないと不便だろうし、亜木々って読みにくいのよね。」
「じゃあ傘音ちゃん付けてくれない?」
とんだ無茶振りである。大体勝手に付けるのががまずいから名乗らなかったのになんで私に頼むのだろう?
「私なんかが付けていいわけないじゃん!」
「そういう考え方がもったいないと思うんだけどなぁ俺は。ねっ、頼むよ。」
「えーと・・・」
その時なぜか『ノエル』という文字が頭に浮かんだ。どこで聞いたんだっけ?
「ノエルというのはどうかな・・・屋敷の主人にはピッタリだと思うな・・・なんて。やっぱり日本人の名前じゃないからダメかな?」
「ノエル・・・ノエルか・・・うん!ありがと。」
「本当にそれでいいの?」
「うん!ただし傘音ちゃんが俺のこと『ノエル』と呼んでくれるならね。」
自分の付けた名前で呼ぶことになるとは不思議な気分だ。
「わかったよノエルさん。」
「呼び捨てでいいよ?同い年なんだしさ。じゃあ俺も琴葉ちゃんて呼んでいいかな?」
「んーと、なんかアレな感じだけどまあいいか。よろしくねノエル。」
午後五時
帰り道。私は考え事。まさか名前がないとは思っていなかった。嬉しそうだったなノエル。私は名前を持っているから気持ちがよくわからないが。にしても私のほうも名前で呼ばれることになるとは。ノエルのように人の心がある程度読める訳でもないし、相手も相手なので何考えてるのかがわからない。私に気でもあるのだろうか。まあ確かにノエルは容姿も性格も悪くないが出会ってまだ二日だし、ノエルにはたして『恋愛感情』なんてものがあるのかわからないし、なにより相手はこの私だし・・・その発想はかなり不正解に近いだろう。
そんなくだらないことを考えつつコンビニ前へ。しかしびっくり足止まる。不良っぽい少年が道に倒れているのだ。赤い短髪に緑の目、かなりがっちりした体格で小柄で長髪のノエルとは逆の印象を受ける。とりあえず助けなければ!
「あのー大丈夫ですか?」
「ああ、全然大丈夫だぜ。ん?お前確かうちのクラスの・・・傘音さんじゃん」
よく見ればかなり前の席に彼が座っていたような、座っていなかったような。名前は・・・
「念のためも一度名乗っとくか。葛篭 震だ。よろしく!」
このタイプは少し苦手。
「よ、よろしく・・・ところでこんなところで何倒れているの?」
「ん、まあコンビニにたむろしていた高校生とこれな」
そう言って葛篭さん、拳を突き出す。
「・・・止めといたら・・・?命もたないよ?」
「大丈夫だって。今日のだってかなり弱くてさ、一人で軽くのしちゃったぜ?ここで倒れていたのはちょっと疲れてただけ。」
「なんでそんな危ないことするの・・・」
「強くなって倒したい奴がいるんだ。」
彼と関わるのはこれぐらいにしておこう。
「怪我しないようにね。」
「おう!心配してくれてあんがとな。また明日。」
『関わりたくない』というのが葛篭 震への第一印象だった。まさか数奇な運命で彼と深くかかわる羽目になるとは思ってもいなかった。
次の日 午前六時 冬摩宅
冬摩先生は書き物中。紙には三人分の名前だけ書いている。
『傘音 琴葉』
『亜木々』
『葛篭 震』
「見つけた・・・!まず三人。かわいそうだけど出ちゃったのならしょうがないよね・・・」
読んでくださりありがとうございます。次回はついに物語が動き出します。
それでは『 3 まどろみの預言者』を乞うご期待でございます。
なお次回の後書きに傘音ちゃんのプロフィールを掲載します。今後もある程度キャラが掘り下げられると、プロフィールを掲載するつもりなのでお楽しみにしてください。