荒木村重と黒田官兵衛 ~知られざる 地下牢の会話~
信長に反旗を翻した荒木村重に、黒田官兵衛が単身で面会し翻意を促す。しかし村重はそれを拒絶し、官兵衛を地下牢に幽閉する。信長の信頼厚い荒木村重が、突如として裏切ったのか真相とは?知られざる地下牢での会話を描く。
【1578年 姫路城にて 黒田官兵衛】
はあ?荒木村重が織田家を裏切った?
なんでだよ…何をやってんだよ。
そんなふうに、どいつもこいつも やりたい放題だから、いつまでも不毛な争いが続くんじゃねえか。どうせ誰でも同じなんだから、さっさと覇者を一人決めて、そいつのルールに従えば良いのによ。
このだらだら続く戦乱は、所詮 どんぐりの背比べなんだ。突出して大きなどんぐりが一人いれば、それなりの秩序ができるんだよ。
たとえそれが、どんなに悪辣な暴君だったとしても、多分 問題ないよ。ちゃんと浄化作用が働いて、落ち着くべきところに落ち着くんだ。
俺は基本、性善説を推しているんだよ。
俺は、織田信長が覇者で良いと思っている。残虐で冷酷だとか言われるが、国を治める者には、そういう一面も必要なんだ。だから、小寺家も信長様に付かせたのに、あの苦労も、荒木村重のせいで台無しじゃねえか。
またこれで、無駄に争いが長引いて、みんな損するんだよ。
しかし、村重が裏切る理由が、本当に分からん。信長様には重用されていたし、今さら毛利に付くメリットもないはずだ。あの男は、毛利に唆されたくらいで寝返るほど、短絡的でもない。
相手が俺ならば、面会には応じるだろうし、今ならまだ、考え直させることもできるかも知れない。
ダメで元々…行ってみるか。
【有岡城にて 荒木村重と黒田官兵衛】
「黒田官兵衛、よく来たな。歓迎する」
「それは良かったです。安心しました」
「この俺が、お前ほどの者を、歓迎しないはずがないだろう。お前が味方になってくれるとは、これほど心強いことはない」
「俺も、村重殿と敵対したくはありません」
「そうか。では共に、織田と戦ってくれるのだな」
「戦うのは、織田ではなく毛利とでしょう」
「俺は、織田信長を敵とすることに決めた。俺と敵対したくないならば、お前もそうしろ」
「俺は、織田信長様とも荒木村重殿とも、敵対する気はありません」
「そうか…。ならばお前は、歓迎されざる客だ。立ち去れ」
「なぜなのですか?」
「織田の犬には関係ないことだ」
「俺が犬なら、村重殿もそうです。恩を忘れて、飼主を変えるだけでしょう」
「主の小寺政職を唆し、毛利から織田に付かせたお前に、恩知らずなどと言われたくはない」
「小寺家は、毛利家の家臣ではありませんでした。織田家に付いたのも、外交的従属に過ぎません」
「確かに俺は、信長から摂津の領有を認められた。だが摂津は、もともと俺が自力で取った土地だ」
「だから村重殿も、織田家の家臣ではなかったと言いたいのですか?」
「いや…」
「村重殿が、なぜ信長様を裏切るのか、理由だけでも知りたいのです」
「織田信長は、この国の覇者に相応しくないと気づいた。それだけだ。俺の意志は変わらない。もう帰ってくれ」
「どうして信長様が、覇者に相応しくないのですか?」
「分からんのか。目薬屋のくせに、目が曇っているんだな」
*黒田官兵衛の祖父は目薬の製造販売で富を築いた
「理由を」
「帰れ」
「帰れません」
「分かった。ならば、帰れないようにしてやる」
――――――――
数ヶ月後 有岡城 地下牢にて
「官兵衛」
「村重殿、何か用ですかな?やっと織田家に戻る気になりましたか。そうであれば、この騒動はなかったことにして頂けるよう、俺が信長様に直接かけ合いますよ」
「相変わらず口が減らんな。俺の気は変わっていないが、外の状況は色々変わった。お前にも教えてやろうと思ってな」
「それは、ご親切にどうも」
「聞けば、お前の気が変わるかと思っている。
俺に会いに来たまま城から出てこないお前を、織田信長や羽柴秀吉は、俺に与したものと考えている」
「それはあり得ないですね」
「なぜそう思う?」
「俺が、たった一人であんたに付いても、大勢に影響はない。もし寝返る気ならば、姫路城に帰ってからやります」
「そうだ。お前と城、それに将兵と民衆が付いて来なければ、寝返りに大きな意味はない」
「だから姫路城は、あんたに呼応していないでしょう」
「さすがだな。その通りだ。お前の親父が城主に戻り、一切 動じていない。だが、お前が読み違えていることがあった」
「まさか…」
「お前の元の主である、御着城の小寺政職が、俺に呼応した」
「なんて馬鹿な」
「馬鹿か…俺にとっては有難いがな。
今の俺は、信長からすれば謀叛人だ。その俺に呼応するのを、外交とは呼ばないよな」
「呼ばない。だが、俺と小寺政職の行動は無関係だ。現に俺は、今こうして囚われている」
「小寺家が信長に付いたところから、すべてお前の筋書きだったと疑われているんだ」
「そんな、周りくどい上に無駄なこと、するものか」
「お前が、小寺家の使者として信長に面会した時、毛利家の攻略法も教えたんだよな。それが的確すぎて、お前の知謀は、信長にもしっかり認識されたんだ。
つまりお前なら、このくらいの策を考えても おかしくはないと思われている」
「そりゃ参ったね。それで姫路城は無事なのか?」
「姫路城は今のところ無事だが、お前が信長に差し出した人質が、首を打たれた」
「松寿丸(後の黒田長政)が」
「俺も、こうなるとは思っていなかった」
「小寺政職がそんなに愚かだったなんて、誰も思っていなかったですよ」
「だが、もうお前は裏切り者と見做された。ならば俺に、その知恵を貸す気にはならないか?」
「断る。そんなことをしたら、本当に裏切り者になってしまう」
「そうか。ならばもういい。官兵衛、お前を解放する。姫路に帰れ」
「俺が帰るのは、村重殿が考えを改めてくれた時です」
「良いのか?次は姫路城が…」
「構いません。今さらノコノコと帰っても、俺への疑いは晴れはしないでしょうしね」
「どうして、そこまでする?」
「どうして?それを語るのは、村重殿が先ではないですか?どうして信長様が、覇者に相応しくないのですか?」
「分かった。では互いの考えを語り合おうか。お前は、信長の何が良いと思うんだ?」
「俺も、すべての面で信長様が最善だとは思っていませんが、誰かが覇者にならない限り、この戦乱は終わりません。だから最もそれに近い信長様を、覇者に押し上げてしまえば良いと考えています」
「つまりお前は、信長に統治者としての資質を見出したわけではないのか」
「覇者の資質と、統治者の資質は違いますからね。つまり、誰が統治者に相応しいかなんて、今から考えても無駄なんです」
「なるほど。賢い者ほど、物事を端的に捉えるんだな」
「村重殿は、信長様に仕えてたった数年で、摂津一国を任されるほど重用されていました。それでも離反を決意したからには、相当な理由と覚悟があったのでしょう。それは一体、何なのですか?」
「お前のように、上手く言えるかは分からない」
「上手い言葉なんか聞きたくないです」
「信長には、畏敬の念が欠けている」
「何に対してですか?」
「形のない、大いなるものに対してだ。例えば神仏や自然、それに生命などといったものだ」
「言われてみれば、そうですね。畏れても敬ってもいないように思えます。さも敬っているかのように振る舞うことはありますがね」
「信長にとっては万物が、欲するかどうか、利するかどうか…それだけだ。神も仏も、山も海も人の命もだ」
「それが、信長様に従えなくなった理由ですか?」
「そうだ。言葉にすると、些細なことに聞こえるかも知れんがな」
「些細なことには聞こえませんが、それで離反するのを、理解もできません」
「畏敬の念を持たない者が、世の頂点に立つことは、断じて許されない。心に歯止めがないからだ」
「…そうか。頂点に立った者に、歯止めがなかったら…」
「破滅だ」
「…………」
「それに気づいてか気づかずかは分からないが、これまでにも、多くの者が、信長の覇業を止めようとしてきた。昨年の松永久秀もそうだ」
「それで今度は、村重殿が、信長様を止めようとしているのですか?」
「そうだ」
「どうして、今なのですか?」
「今ではない。かなり前から、俺は密かに信長に背いていた。お前は、三木城の現状を知っているか?」
「羽柴秀吉様が攻めているはずです」
「城攻めの目的とは何だ?」
「敵の拠点を奪い、土地を支配することです」
「そうだよな。この国の戦では、たとえ敵でも、無闇な殺生は避けるものだ。敵を殺し尽くすなど、あってはならない」
「ああ、そうか。人から無差別に、水と食い物を断つなんて…」
「貧しくて、飢えて死ぬ者がいる。それはやむを得ない。だが城を奪うためだけに、兵や民、それに幼子まで餓死させるなど、生命への冒涜だ。敵を降伏させるためや撤退させるために、兵站を切るのとは、目的も手段もまるで違う」
「あれは、自軍の損害を抑えるために、有効な戦術だとしか思っていなかった。補給路を断たれたからと言って、易々と降伏するわけにもいかない」
「生半可な条件では、降伏を受け入れられもしない」
「話は分かってきました。だが村重殿が離反しても、三木城の状況は、変わらないのではないですか?」
「摂津からなら、三木城に密かに食糧を補給できた」
「まさか前々から、食糧を補給していたのですか?」
「そうだ。だが、それも露見しかかっていた。だから完全に露見し、手を打たれる前に毛利に付いた。そして毛利海軍と共に海上輸送路を確保すれば、秀吉の軍を挟撃し、追い払えると思っていた」
「織田家も水軍を増強していますから、そう簡単にはいかないでしょう」
「そうだ。水陸ともに、瞬く間に制圧された。この城も孤立して、やがて落ちるだけだ」
「おそらく、そうなると思います」
「だが織田信長には屈しない。お前が、子を失っても信念を貫くように、俺も、何を失っても後には退かない」
「分かりました。もう何も言いません。ただ見届けます」
「見苦しいだけかもしれんぞ」
「村重殿には、畏敬の念も、人の情けもあります。それは人間らしさでもありますが、ときに弱さにもなり得ます」
「人間らしさは、弱さでもあるか。ならば、信長は弱くない。
だが、覚えておけ。あの男の覇業を阻止する者が、必ずいる」
――――――――
【1579年 姫路城にて】
荒木村重…。本当にすべて失ってもなお、弱く見苦しく生きるのか。
俺はあんたが嫌いじゃないが、多分 後世には、悪名を遺すことになるだろうね。
聞くのを忘れたが、あの男は、性悪説派だろうね。人は弱くや卑劣だと信じているからな。俺も、少し考え直さなきゃならんかな。
言われたことは覚えておくよ。畏敬の念がない者が、人の世の頂点に立ってはならない。そして信長様を止める者が、必ずいる。そのとき、俺はどうするべきだろうか。
あの地下牢で、俺の片足は動かなくなったが、恨む気は起きない。松寿丸も実は、秀吉様が匿ってくれていた。
俺は秀吉様の麾下に入ることになったが、三木上に残酷なことをしながら、身の危険を犯して まで他人の子を救う秀吉様は、世の頂点に立って良い者なのかな。
まだ、分かんねえな。だが、あの暗い地下牢で、なぜか視野が広がったようだ。
おかげで、これから迷うことがあっても……
あんたを思い出せば、なんとかなりそうな気がするよ。
荒木村重は弱く見苦しく生き延び、後世に〈当代一の卑怯者〉の汚名を遺したー
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