姐御、加入
ギルドに帰った時には、もう日が暮れかけていた。
受付嬢に討伐報告をすると、帳票を見た瞬間に声が裏返った。
「翡翠のゴーレム!? あれ、5級パーティ向けのはず——」
「たまたま深層から迷い込んできたみたいで」
「たまたまで倒せる相手じゃないんですけど……」
受付嬢が俺とリーナとベルを順番に見比べる。
翡翠の欠片を鑑定に出すと、追加報酬込みで銀貨二枚になった。
銅貨じゃなく、銀貨。
三人で分けても昨日の何倍もの額だ。
ギルドのフロアがざわついた。
「おい、あの新人——」
「翡翠のゴーレムだと? 嘘だろ」
「8級で?」
視線が集まる。
その中に、初日に俺を「器用貧乏」と馬鹿にした革鎧の男の顔があった。
目が合うと、気まずそうに逸らされた。
「あっはは。いい気味だね」
ベルが小声で笑った。
「調子に乗るなよ、ベル」
「乗ってないさ。事実を楽しんでるだけだよ」
ベルは革鎧の男たちを顎でしゃくった。
「昨日、あいつらに『今日は洞窟の気配が変だ』って言ったんだよ。そしたら『チビの臆病風だろ』って笑われてね」
琥珀色の目が細くなる。
「忠告を笑う手合いが、結果を見て黙る。そりゃ少しくらい気分も良くなるさ」
報告を終えると、ベルが俺とリーナの肩をぽんと叩いた。
「さて、打ち上げといこうじゃないか。いい店を知ってるんだ」
* * *
ベルが連れてきたのは、裏通りの小さな酒場だった。
壁に据えつけられたランプの灯りが橙色に揺れている。
焼いた肉と酢漬けの野菜の匂いが食欲を刺激した。
「ここは安くて量が多いんだよ。冒険者向きさ」
木の椅子に座ると、テーブルの傷がいくつも目についた。
この店で何人の冒険者が飲んできたんだろう。
ベルがエールを三杯頼んだ。
「あ、あたしはまだ——」
「嬢ちゃん、冒険の後の一杯はね、水より効くんだよ」
「いいからいいから」と押し切られ、リーナが渋々ジョッキを手に取った。
一口飲んで、顔をしかめる。
「にが……」
「最初はそんなもんさ」
ベルは半分を一気に飲み干した。
頬が赤くなるのが早い。酒に弱いくせに、飲むのが好きらしい。
肉とパンが運ばれてきた。
三人で黙々と食う。
空腹だった。翡翠の洞窟から戻って初めてのまともな食事だ。
「うまい」
「でしょ。冒険者は飯と酒が活力だからね」
ベルが二杯目のエールを頼んでから、少しだけ声を落とした。
「あたしが長いことソロだったの、気になってるかい?」
聞きたかったが、自分からは聞けなかった。
頷くと、ベルは琥珀色の目をジョッキに落とした。
「前のパーティで、ちょっとね。揉めたんだ」
右手が無意識に火傷の跡を撫でている。
「リーダーがさ、金に目が眩んで無茶な依頼を受けたんだよ。あたしは反対したけど、多数決で押し切られた」
間を置いて、息を吐く。
「結果、ダンジョンの深層で崩落に巻き込まれた。あたしだけ生き残って、この火傷をもらった」
リーナが小さく息を呑んだ。
俺も黙っている。かける言葉が見つからない。
「それ以来、人と組むのが面倒でさ。信用して裏切られるくらいなら、一人の方がマシだろ?」
ベルが乾いた笑いを漏らす。
「しかも最後まで『ビビりすぎなんだよ』って顔された。危ないって言った方が臆病者扱いさ。今日あいつらが黙ったの見て、ちょっとだけ胸がすいた」
ベルの声は軽い。
けれどジョッキを持つ手に、僅かに力が入っていた。
「……ベル」
「ん?」
「俺たちと組まないか」
ベルの目が少し見開かれた。
「坊や、あんたあたしの話聞いてた?」
「聞いてた。だから言ってる」
まっすぐ見返す。
「翡翠の洞窟で、ベルがいなかったら俺たちは死んでた。罠も見抜けないし、ゴーレムの弱点もわからなかった」
「それはまあ……」
「俺は無茶な依頼は受けない。仲間の判断を無視したりしない。約束する」
「坊や——」
「お前の経験が必要だ。俺たちには、ベルが必要なんだ」
ベルが黙った。
リーナがその横で、小さく頷いていた。
何も言わないが、目が同意しているように見えた。
ベルがエールを一口飲んだ。
それから、鼻で笑った。
「……考えとくよ」
素っ気ない返事だった。
けれど、目尻が少しだけ緩んでいた。
* * *
翌朝。
ギルドに行くと、入口の前にベルが立っていた。
壁に背中を預け、腕を組んでいる。
いつものドライフルーツを齧りながら、俺たちを見た。
「遅いよ、坊やたち」
「え——」
「しょうがないね。面倒見てやるよ」
ベルが壁から背中を離した。
「あんたらだけじゃ危なっかしいからさ。罠に落ちて野垂れ死にされたら、寝覚めが悪い」
そこでベルは少しだけ真顔になった。
「——それと、昨日決めた」
「昨日?」
「翡翠の洞窟で、あたしが『下がれ』って言った時。あんたも嬢ちゃんも、変な意地を張らなかったろ」
ベルが俺たちを順番に見る。
「忠告を笑わない。無茶を美談にしない。そういう相手なら、もう一回くらいパーティを信じてみてもいい」
口では迷惑そうに言いながら、装備は万全だった。
クロスボウの弦は張り替えてあるし、ナイフも研ぎ直されている。
最初から、来るつもりだったのだろう。
「ベルさん——」
「ベルでいいって言ったろ。さん付けは痒いんだよ」
「……ベル。ありがとう」
「礼なんかいらないさ。その代わり、約束は守りな。坊や」
「当たり前だ」
ベルが小さく笑った。
昨日の酒場とは違う、力の抜けた自然な笑顔だった。
「あと、パーティを組むなら最初にステータスを見せ合う。命を預けるんだ。何ができて、何ができないかは知っとくべきさ」
ベルが指先を払う。
半透明のウィンドウがふわりと浮かんだ。
```
名前: ベル
種族: ホビット
【技能】
剣技: ---
闘技: 8級
火魔法: ---
水魔法: ---
風魔法: ---
土魔法: 6級
光魔法: ---
闇魔法: ---
【使用可能技】
ストライク / スピンキック / ロックショット / アースウォール / シンクホール / ロックランス
```
「土魔法と身のこなしが取り柄さ。正面から殴り合うのは得意じゃない。だから索敵と罠、逃げ道作りは任せな」
「すご……」
リーナが目を丸くした。
「6級って、かなりのベテランじゃない」
「長く生き残ってりゃ、これくらいにはなるよ。逆に言えば、真正面で押し切る火力はない。そこは坊やたちに期待してる」
俺はベルのウィンドウを見ながら頷いた。
「わかった。前に出るのは俺がやる。ベルは見えるものを全部教えてくれ」
「嬢ちゃんは無茶したら引っ叩いて止めてやんな」
「言われなくてもやるわよ」
そこでリーナが、はっとした顔をした。
「待って。戦力共有するなら、あたしも見ておく」
指先を払う。
リーナの前にも半透明の板が浮かんだ。
「あ」
短い声が漏れる。
```
——世界システムより通知——
【水魔法が8級に昇格しました】
【新技能を付与: アクアシールド】
```
「上がってる……」
ベルが口笛を吹いた。
「いいじゃないか。嬢ちゃんまで伸びてる」
リーナがそのままステータスを見せる。
```
名前: リーナ
種族: 人間
【技能】
剣技: ---
闘技: ---
火魔法: ---
水魔法: 8級
風魔法: ---
土魔法: ---
光魔法: ---
闇魔法: ---
【使用可能技】
アクアショット / アクアシールド
```
「《アクアシールド》……水の壁を張る防御魔法みたい。これなら回復だけじゃなくて、前衛を守る動きも増やせるかも」
「いいね。坊やが前に出すぎても、一枚噛ませられる」
「出すぎる前提で話すなよ」
「出すだろ?」
否定できなかった。
ベルが愉快そうに笑った。
リーナが俺の横で、ほっとしたように息を吐いている。
「三人パーティ、結成だね」
「ああ。これからよろしく、ベル」
「よろしく。——で、早速なんだけどさ」
ベルが掲示板の方を指さした。
「ちょっと気になる話があるんだよ」
掲示板の隅に、新しい貼り紙があった。
赤い縁取り。注意喚起の書式だ。
『冒険者各位——国境付近で闇種族の斥候が複数回目撃されています。単独での遠距離依頼は控えてください。ギルド本部より』
「闇種族の斥候……」
リーナの声が硬くなった。
里で聞いたあの夜の話が、頭をよぎる。
「最近、ダンジョンの魔物が凶暴化してるって噂もあるんだ」
ベルが声を低くした。
「闇種族の動きと関係あるかもって話だよ。翡翠の洞窟にゴーレムが迷い込んできたのだって、本来ならありえないことさ」
胸の奥が、ざわりと波打った。
里の夜に感じたのと同じ、あの不気味な感覚。
闇種族の話を聞くたびに、身体の奥で何かが反応する。
「大丈夫?」
リーナが俺の顔を覗き込んでいた。
「……ああ。大丈夫だ」
嘘ではない。けれど、完全に平気でもない。
強くならなければ。
この仲間を守れるくらいに。
ベルが俺の肩を軽く叩いた。
「まあ、今のあたしたちにどうこうできる話じゃないさ。まずは目の前の依頼を片付けて、地力をつけることだよ」
「そうだな」
「そういうこと。じゃあ今日の依頼を選ぼうじゃないか。三人なら、昨日よりいい仕事が取れるよ」
ベルが掲示板に向かう。
リーナが俺の袖を軽く引いた。
「レイン」
「ん?」
「三人になって、ちょっと安心した」
「……俺もだ」
リーナが小さく笑って、ベルの後を追った。
三人パーティの初日が始まる。




